PLAYNOTE 日本の問題、明日が初日ですが

2011年11月27日

日本の問題、明日が初日ですが

[公演活動] 2011/11/27 02:15

明日が『日本の問題』初日ですので、まとまらない文章を書き散らかしておこうと思います。

今回の『ボレロ、あるいは明るい未来のためのエチュード』は、演出家・谷賢一としてのチャレンジ精神と実験心を放し飼いにして、己の感性の雄叫びのままに作っている作品であり、一見の価値ありです。ギャースカ言う人はいるだろうけど、この作品は俺の美学に照らし合わせれば圧倒的に「アリ」であり、どこまでも演劇的な興奮を味わえる稀有な作品である。

ある事情によりチケット代がどうにも高く感じられるので、嫁を質に入れてでも来いとは言いません。ただ僕は、観て欲しいなぁと。ぶっちゃけたことを言えば、800円だけ払ってDCPOPだけ見られるなら100%観に来いと言いたいし、1600円くらいでも観に来いと言いたい。4劇団セットで3200円なオムニバス公演なので、そういう放言は許されないのですが。

演劇をやる、というよりは、劇場を使って遊ぶ集団のようになってきています。

今日の稽古ではひたすら宝塚に触発された「ヅカストローク」というメソッドを開発し、全員でサイレント劇みたいなのを繰り返していた。これはいつぞや吉田小夏嬢が俺に教えてくれたジョークだったのだが、今回の演出にピタリとはまってしまった。広田さんのWSもやってもらったから、小夏さんのヅカストロークも加えて、これでProject BUNGAKUの亡霊が『日本の問題』に揃ったことになる。

いちばん大事なものは正義だと思う。法律でも常識でもない、正義だ。正義とは信念のことだ。ひどく曖昧で、立場によって違う、しかしそれを持ってない奴は終わってる。

……ニーチェは近代の奴隷道徳の台頭に対して、貴族道徳の復活をラディカルに説いた思想家なので、この「最後の人間」を否定的、侮蔑的に語っている。「最後の人間」は気高い貴族的精神を失い、命がけで戦う信念も勇気も持たずに付和雷同的に周囲に同調して媚びへつらい、目先の利益には聡いブルジョワ的な小利口な人間であり、軽蔑すべき畜群である。だから翻訳者によっては、ラストマンのことを「末人」「おしまいの人間」などと翻訳している。

歴史の終わり - Wikipediaより

「和をもって尊しとなす」とか、俺は最高ダサいと思うし、そんなもん上に引いたニーチェの思想によれば「命がけで戦う信念も勇気も持たず」「付和雷同的に周囲に同調して媚びへつら」う、「小利口」なだけの「軽蔑すべき畜群」である。

俺にとっての正義とは、演劇人が演劇のことを一番大事に考えるということだ。客でもない。作品でもない。自分でもない。経済でもない。演劇だ。俺は演劇が大嫌いで、ちくしょう、こんな女に騙されなければ今頃きっと○☓△、そう思いつつもずるずるとベッドに引きずり込まれてしまう演劇への愛の泥仕合にやられてはいるものの、演劇に足を向けて寝たことはない。

美について考える。結局は最後に膝を折るのは美に対してだ。美が最も崇高で価値のあるものだ。唯美主義とか万々歳だ。無価値、無意味、どんとこいだ。ただそれが美しいかどうか、それだけだ。

しかし忙しい。今日の稽古は楽しかった。今日の晩御飯はおいしかった。明日も楽しみだが、やり残した仕事が多過ぎて、自分がバラバラになりそうだ。仕事だけに気を払っているといつでも例の演劇の悪魔が飛んできて、俺の脇腹をモリで突き刺す。バランスを取りながら全力で駆ける気概が必要だ。

コメント

投稿者:search engine optimization vancouver (2012年01月13日 09:10)

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