PLAYNOTE 演出家として今、考えていることメモ

2011年07月31日

演出家として今、考えていることメモ

[公演活動] 2011/07/31 01:19

Caesiumberry Jamの稽古がどんどん進んでいる中で、今考えていることなんかをちょっと書いておく。

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俺は演出がしたい。だが演技指導をした方が楽だ。でも、

最近とみに、以前以上に、俳優を尊敬しようと思っている。なので、「ここはこうやって」「ここんとこはこう考えて」という文言自体が、何だか不敬な感じがしている。

「こういう人物が欲しい」「こういう印象が欲しい」、演出家の言うべき言葉はそこだ。それを実現するためには何十通りの正解がある。だから、「こうやって」「こう考えて」というのは不遜かつ不敬な気がする。

でもでも、「こうやって」「こう考えて」と言った方が圧倒的に仕事は早いし、イメージも正確に伝わる。指示が具体的であること、動きのオーダーが細かく丁寧であることは、百の言葉を費やすよりイメージへの到達は早い。しかし、百の可能性を一つに集約してしまう。俺の脳内に限定されてしまう。だからなるべく漠然と言葉を吐いて、どういうアンサーが可能であるか、実験してみることにこそ、集団創作の面白さはあると思う。この辺は常にせめぎ合っている。

役作りは演出家の仕事じゃないし、戯曲を解釈して決め打ちすることも演出家の仕事じゃない。数ある選択肢の中から、一つを選びとること、方向を指し示すこと、それが究極的には演出家の仕事だ。そう考えると具体的な文言をできるだけ避けたいのだが、しかし具体的に伝えた方が意思疎通は早くイメージも簡単に伝わる。完成も早い。そして俺は舞台を掌握し、支配できる。

しかし、今考えていることは、演出家が舞台を支配しちゃいけないんじゃないか、というようなことなんだ。世界の中心にはいるけれど、自分では思いつかないあれこれを見出すこと、それは俳優やスタッフの力を待たなければならないし、演技やテクニカルマターに関しては、俳優やスタッフの方がプロフェッショナルであるはずだ。だからなるべく決めたくないと思っている。

観たことないものが観たい

極論を言えば、Caesiumberry Jamは再演なので、再筆・加筆はあるにせよ、自分の脳内で、かなり細かくイメージはついている。ここはこう、あそこでこう、そこでこう。

なもんで、すごくざっくりと、これくらいの山・谷・波がここであって、ここら辺でこういう反応が起こるだろう、ということは、何となくわかるし、こういう絵面になるだろう、こういう雰囲気になるだろう、そこらへんも感覚でわかる。だけど、それはつまらない、と思っている。

俺が演劇なんていう面倒臭い芸術をやっているのは、ひとえに観たことないものが観たいという欲求が強いからだ。自分で書いて、自分で細かく演技指定をしていけば、期待した通りのものが観れる、作れる、それくらいの場数は踏んできたつもりだ。でも、それはあんまり、観たくない。

俳優が異常な集中力やジャンプアップを見せる瞬間や、客席を掌握してしまう瞬間、演出家のイメージを上回ってしまう瞬間、そこにだけ、演劇を作り続ける楽しみがあると言っていい。自宅で3D・CGを作るのとは違う感動があるのはそこだけだ。俺が予想しないことをやる、俺以上に戯曲を理解する奴が出てくる、その時間はとにかく楽しい。うえええええ! ってなる。

モリー・スウィーニーのこと

いずれきちんと振り返りエントリーを書こう書こうと思ってはいるのだが、モリー・スウィーニーの稽古場での体験、あと二兎社の稽古場での体験は大きく自分に影響を与えている。

俺は一度も南果歩に演技指導なんかしなかった。盲目の女性、というディテールについて、彼女は間違いなく俺の数倍詳しかったし、言われずとも研究・調査・取材を繰り返していた。当然だ。俺が果歩さんにお話ししたのは、手応えだけ。こういう風に見える、こうなってる、こうしたい、そこだけだった。そうすれば彼女は考えてくるし、変えてくる。すごい女優だ、と思った。あれだけのリサーチと熱意と実績とファンを抱えながら、泥底を這い回る苦労をしていた。たぶん、客席で観ている印象は、彼女のすごさの1/3くらいです。演出家と俳優、という関係を全うできた。果歩さんを例に書いたが、それは相島さんも顕作さんもそうだった。俳優として生き残るというのはこういうことか、と背中を見た気がした。

今後、どの現場でも、同じスタンスで俳優と向かい合いたいと思っている。しかし手っ取り早い解決に心がひかれてしまうのも事実だ。今のところ、その誘惑に歯向かい続けている。そしてそこから生まれてくるものがあることも、実感しているところだ。

効率が悪いのもわかっているんだけれど。でも、俺は、俺の脳みその限界を知っている。29年つきあってきた脳みそだからね。うまくいった現場では、俺の脳みそを上回る何かが必ず存在していた。今回はその比率をとにかく高めたい。

なぁに、いざとなればラスト数日ですべて決め打ちすることだって可能だ。もうしばらく、「脳を拡張する」、そのギャンブルを続けたい。

コメント

投稿者:search engine optimization vancouver (2012年01月13日 06:10)

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