PLAYNOTE 深夜の方向 Ver.2011.04.13

2011年04月14日

深夜の方向 Ver.2011.04.13

[雑記・メモ] 2011/04/14 02:57

しばらく意味不明なことを書きます。

次がない、って思わなきゃダメだよな、と、自分をぶん殴る。心が折れそうになる稽古結果でも、胃袋ごと吐き出しそうになる夜でも、魂だけは捻挫しない。チャップリンは、「最高傑作は?」と訊かれるたびに、「Next One」、つまり「次回作」と答えていたそうだ。

今日も今日とてカナリア派稽古で中野へ向かい、その後、三軒茶屋に寄って打ち合わせをして帰宅。その後、演出プランと音響チョイス。「次はないのだから」と妥協せず格闘する。絶望ばっちこーい。

先ほど、自宅で素敵な食事をしつつ、NHK教育を付けたら、ツァラトゥストラをアニメ化するという無謀な企画を企てた教授が、にっこにこキラキラしながら「永劫回帰」と語っていた。運命愛、それが永劫回帰の鍵だと言う。畜生めって感じの運命でさえ、ラブラブ最高愛してるって思えば、永劫回帰を受け入れられるんだとさ。それはもはや、釈尊ブッダや救世主キリスト以上に悟っているぜ。

善人面した悪党どもの魂の根っこを引き抜いて回りたい。この世界のすべての罪を僕に背負わせてくれないか、この世界のすべての罰を僕に受けさせてくれないか、それでもしも僕が事切れたって構わない、その瞬間、僕は誰よりビューティホー、なんて感じで毛皮のマリーズが歌っているのだが、ちょっと前までそれはどうだろう、いやいや俺生きてたいし、と思ってたけど、「その瞬間」に世界中すべての人がすっきりした気分になって、うっとりした表情になって、はっきりと未来に希望を抱けるのなら、それも悪くないな、なんて考えたりした。自分が死んだ後の世界がどうなろうと、何の関係もないというのに。

羊飼いは羊を飼っているのだろうか、羊に飼われているのだろうか? どちらかに意味をFIXしてしまうことに意味などないのだろう。羊飼いは羊がいなければ生きていけないし、羊も羊で飼い主がいなけりゃ生きていけない。

生まれ変わったら暴力団かダルメシアンになりたい。インチキな人間を噛み殺して回りたい。インチキをしないと損をする世間を核ミサイルで吹き飛ばしたい。弱気になったらすべて終わりだ。

来週からカナリア派をやっているので観に来て下さい。

黒色綺譚カナリア派『犬と花~早熟の枯れぬ少年期~』演出します - PLAYNOTE