PLAYNOTE さば味噌おいしい的革命

2011年04月01日

さば味噌おいしい的革命

[雑記・メモ] 2011/04/01 23:57

先日の引っ越しで、敷金がまるっと返ってこないとの精算通知を受け、ちっきしょーと気炎を上げながら今日は自転車を漕いでいた。法的には無効らしいので、いろいろ頑張れば取り返せそうだけど、お金のことで人と争うこと自体、気分が悪い。きゅっと胃袋が締まる感じがする。

最終的には、さば味噌はこんなに美味しいのに、どうして原発は止まらないのだろうか。そんなことも考えた。

話を戻す。敷金は一切返しませーん、的な精算通知を受けて、いろいろ調べてるうちに、不動産業の腐った体質にすっかり気分が悪くなった。特約事項だとか敷引きだとか、あの手この手のシステムが用意されていて、一銭でも多く金を巻き上げようとしている事例があちこちで報告されていて、むかっ腹が立った。そんなに稼いでどうすんのさ?

いろんな苦情も舞い込んでいるだろうに、それでも「どうにかして借主を騙そう」「無知につけ込んで金を巻き上げよう」という姿勢を崩さない。人に嫌われてまでお金稼いで、彼女の人生は楽しいだろうか。

イライラしながら帰宅し、昼食にさばの味噌煮をいただく。つまりは一尾100円くらいで売ってた安い鯖を味噌で煮つけたものだ。これが実に旨かった。居間には母親からの転居祝いである、32型の液晶テレビが「笑っていいとも!」を映している。今は32型も4万かからないで買えちゃうんだね。驚いたよ。

安いテレビで民放見ながら、安いさば味噌をパクついて、俺は十分に幸せなのだが、世間ではとかく金稼ぎに未だ人々あくせくしている。

まだまだ毎日原発ニュースが舞い込んできて、とりあえずそろそろ浜岡は止めろよ、と思うんだが、しかし世間の反論は「コストを考えたら原発以外あり得ない」という。結局はコストなんだよな、というところで胸がスカスカする感じがする。

GDPと幸福度は関係ない、というデータがある。

gdp-happy.JPG

日本は今、金はあるけど不幸せ、という状況で、今後の日本は、金もなくてさらに不幸せ、という国になる。嫌だなぁ、全く。

大体、スラム街もなく社会保障制度もまぁそこそこ用意されてる日本で、貧困を理由に自殺する人が毎年何万人もいることが異常なのだ。毎日さば味噌食って生きていけりゃ俺はいいのに。叙々苑で焼き肉食えなくたって、家族や友人とへらへら笑って生きてられればいくらでも幸せは噛み締められる。

ということを考えていたら、結局は、さば味噌の味に幸せを感じることが、日本を救う第一歩、という感じがして、俺はとにかくさば味噌を感慨深く食べた。

今後、とにかくいろんな経済問題が表出するだろうけど、問題の根っこはそこじゃない。人を騙して金をふんだくろうとする連中がふんぞり返って焼き肉食って外車を転がしながらも「もっと、もっと稼がなきゃ」とヒリヒリして、一方では、本当はおいしいはずのさば味噌を食ってる庶民どもが「惨めだ」という思いを払拭できず、結局、隣人や顧客から一円でも金を多くふんだくろう、そうして幸せになろう、という思考回路を続けている限り、我々はどこまでいっても貧しいままだ。

俺達は、一体何にビクつきながら生きてるんだろう? 俺の好きな言葉に「吾唯足知」という言葉がある。書き下すと「吾唯足るを知る」、超現代語訳すると「身の回りのものに満足する」とか「幸せは足元に転がってる」みたいな意味だ。京都の龍安寺にずっと昔から書いてある。昔からこういう知恵を持ってる日本人が、どうしていつの間にか守銭奴民族になっちゃったんだろう。戦後からだろうけど。

さば味噌おいしい的革命を今後も粛々と実行したい。ちなみに今は、インスタントコーヒー飲んでおいしい状態。