PLAYNOTE 青年団リンク・サラダボール『母アンナの子連れ従軍記』

2011年03月17日

青年団リンク・サラダボール『母アンナの子連れ従軍記』

[演劇レビュー] 2011/03/17 02:19

震災後、初めて芝居を観に行った。アトリエ春風舎にて。

もみくちゃの有楽町線、Twitterをチラ見しながらとぼとぼと小竹向原。心の擦り切れたような人々の顔を横目に、そして辿り着くアトリエ春風舎。

劇場では、劇場の時間が流れていた。念入りに「非常時の対処」について打ち合わせてから、いざ開演。続々と螺旋階段を降りるお客さんの顔は、有楽町線のホームや完売御免のスーパーで目にした擦り切れた顔の人々とはちょっと違って、震災という哀しい非日常から、劇場という胸踊る非日常へ滑りこむ、どこかわくわくした明るい表情が大半であった。

ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子供たち』を新訳しヘビーにアレンジ演出した作品であった。内容に関しては特に触れない。ただ、驚いてしまった。ほんの一週間で、私たちはもうほとんど別人になってしまった、という印象さえ抱いた。

震災が起こってしまったことによって、この作品の受け取られ方は大きく変わってしまったと言わざるを得ない。ラストシーン、子供たちを失ってそれでも荷車を引いていくアンナ・フィアリングの姿。それでも私は生きていく。原作でも、僕が観た別の演出でも、強烈に印象に残るシーンだが、彼女の背後に見える風景は、戦争後の荒野ではなく、震災によって破壊された東北の街のようであった。クリエーターとしては複雑なんじゃないだろうか、これは。勝手に現実がリンクしてしまったのだ。

劇場の灯を絶やしてはならない。主宰・西村氏はプレビュー打ち上げで、「乾杯の代わりに一分間の黙祷を」と頭を下げ、明るい乾杯の声の代わりに沈黙が劇場に残った。僕は、乾杯してもいい、乾杯するべきだ、とさえ思った。「それでも私は生きていく」、そんな舞台が、東京で無事に幕を開けたのだ。黙祷の時間を設けたことは実に真摯な態度であったけれど、上演を見ながら、この震災や、東北の惨状へ思いを馳せなかった観客はおそらく一人もいなかったはずなのだから、上演する、それを観る、という行為自体が、黙祷の意を果たしていたようにさえ思った。

いかん、いかんね。ほら、こういう感想になってしまう。作品のオーセンティックな感想と言うよりは、社会的コンテクストの方にばかり目が行っている。それは作品に対して失礼であるように思う。しかし、僕はそういう風にしか観れなかった。今後、色んな舞台を観る度に、同じような気持ちを味わうのだろう。世界が変化してしまった、我々自身も変化してしまった。同じ目線では作品は見られない。

まとまらないが、衝撃的な観劇体験であった。感情移入を阻害するブレヒト劇だからこそ、ここまでデリケートに感じてしまったのかもしれないが。

この逆境の中、上演を敢行したサラダボール関係者一同に感謝。