PLAYNOTE 二兎社・シングルマザーズ、初日の思い出

2011年03月01日

二兎社・シングルマザーズ、初日の思い出

[公演活動] 2011/03/01 09:27

すっかり書くのが遅くなってしまったけれど、2月20日(日)、二兎社『シングルマザーズ』の初日はちょっと僕にとって記念碑的な一日だったんだ。PCがイカれたり顔面蒼白の連絡が来たり睡眠不足最絶頂だったりと、情動不安定になっていた点を差っ引いても、演劇の奇跡をまた一つ目にした瞬間だった。

二兎社の初日は劇場全体が多幸感に満たされていた。前日のGPに比べても出来がよく、しかも客席から押し寄せるエネルギーにまた俳優たちが助けられて、休憩込み120分の上演時間は文字通り笑いと涙に満たされた時間だった。

毎年、1本は背筋が寒くなるような舞台に出会う。いつぞやのマクバーニーだとか、いつぞやの野田秀樹だとか、いつぞやの長塚圭史だとか。そういう1本に今年早々に出会ってしまった。

本番中、客席のリアクションを見ながら、僕はちょっと薄ら寒い思いを感じていた。劇作家はここまで劇場を支配できるのかと。僕が請け負っていた仕事は主にプロンプターだ。ゆえに稽古場からずっと台本を追っかけてきた。しかし、ここで笑いが起きるのか、と思うところでドッと笑いがこぼれ、その直後に客席全体がしんと静まり返り、それこそ息を潜めて舞台上の人物が吐く一言一言に耳をそばだてる。

でも、よく考え直してみると、あるいはよく台本を読み返してみると、不意にわいた笑いも突然こぼれた涙も、すべて「折り込み済み」だったことに気づいてさらにぞっとするんだ。例えば行雄という人物が「僕はDV被害者なんです」と訴えるシーン。稽古中は誰もがじっと身構えていたそのシーンで、劇場は爆笑に包まれた。おいおいマジかよ、ここでウケるのか、と思ったが、いや待てよ、それは最初から永井愛の予言していたことじゃないか。確かどこかで愛さんはこんなことを言っていた。

「栄作さんみたいなね、男らししい、真っ直ぐな、むしろDVとか大嫌いそうな人がね、すらっとしたエリートサラリーマンを演じて、実はDV男っていう、そういうおかしみがありますよね」

折り込み済み。恐れ入った。

観客全てが、永井愛の仕掛けた笑いや涙のトラップにどんどんハマっていく。もちろん観客は不快どころか気持ちがいいんだ。演出家永井愛は、「わざとらしくやろうとしないで」「滑稽にしたり、誇張したり、演技にしたりしないで」「本当の人間らしく」ということをばかり稽古場で強調していたが、そういう作為が感じられたら、気持よく罠にかかることはできないだろうし、人物たちも、ドラマ自体も、一枚薄くなっていただろう。

しかしこの俺が気づかないトラップが本番初日であれもこれも見つかってくる、ということには、実に背筋が寒くなった。劇場全体が、永井愛の手のひらの上に乗せられて右へ左へ転がされているような印象。それ西遊記でお釈迦様がやってたことじゃねーか、って言う。だが僕はあの瞬間、東京芸術劇場の観客がその手のひらの上で気持ちよく演劇の夢を旅している感覚が伝わってきて、感動を禁じ得なかった。劇作家という職能は、ここまでできるものなのか、と。巨人を前にして、小人の間でうろうろおろおろ、一喜一憂していた自分が酷く馬鹿馬鹿しくなった。

劇作家永井愛は多作な作家ではない。多くて年に一本、二本。状況証拠を元に考えると、『シングルマザーズ』は着想は恐らく三年以上前(児童扶養手当の減額見直し撤廃がそれくらい)、構想には一年半近く(地方劇場の買取上演はそれくらい前に交渉しないと間に合わないだろうから、この頃には出演人数や上演規模は計算されていたはずだ)、実際の執筆にも半年以上(某出演者の証言により)かけていると思われる。それにも得心が行った。これほど微に入り細を穿つ脚本を書くには、これくらいの時間がかかるのだ。

舞台監督の澁谷さんが、「笑いにも、涙にも、準備は要らないんだよなぁ。大笑いしたすぐ後に泣いちゃう、それは全然不思議なことじゃない。俺、あの『冷凍のサンマ』のシーン、大好きだよ、もえちゃん」と言っていた。もえちゃん、とは、出演者の枝元萌さんのことである。確かにあのシーンは出色である。枝元萌さんは大変な素敵女優であるしナイスキャスティングであるし本人の努力も一様ではないのだが、しかし、「大笑いして直後にうるうる」なんて大技を可能にしたのは、ただでさえ素敵女優の彼女が、永井愛の脚本という強大な武器を手に入れたからこそだろう。

よく提出される議論に、「脚本がダメでも俳優がよければ演劇は面白くできる」なんて言い方があるけれど、今回の上演を見た後の僕はそんな意見に大反対だ。いや、そこそこ面白い演劇はできるかもしれないね。しかし夜露のような輝きは朝の光に照らされて、翌日の昼には立ち消えている。

もう一点、僕が強く感動したのは客層である。以前、イギリスにいた頃、劇場に行く度に観客がそれはまぁ観劇というものを楽しみに楽しみにして劇場へ来ている姿を見て、酷く嫉妬したものだった。イギリスうらやま。でも二兎社の初日には、そういうお客が大半であった。しかも僕の言うところの「演劇村」とはちょっと違った人々だ。普段、演劇を観ないお客さんを相手に、大笑いした後にすぐ涙、なんて奇跡を見せていたのは、これぞあるべき姿であるように思った。

初日からトリプルカーテンコールだったが、それも当然、あまりにも当然過ぎる出来栄えだった。僕の頭の中ではコビトカバの大群がぐるぐるしていた。今もぐるぐる回り続けている。