PLAYNOTE *rism『Prism』

2011年01月31日

*rism『Prism』

[演劇レビュー] 2011/01/31 04:13

ぜんぜん忙しくて溺愛する砂地も観に行けず数々の必見公演を見逃し続けている僕ですが、さすがに自分が脚本提供した公演くらいは観に行くのです。同じく溺愛する堀奈津美が主宰しておりやはり溺愛する百花亜希や田中のり子が出演しており、まぁ、行った。渋谷ルデコ3Fにて。

ふつう演劇の公演ではあんまり使われないルデコ3Fを選んだのはまず正解だと思う。僕は正直ルデコ5Fを想定して書いていたのでギャーとなったけど、場内に多数展示されているカラフルな写真とかオブジェとかを考えると、真っ白い空間ってのは合っていたと思う。わくわくする空間演出である。

個人的には可愛いとかどうでもいい派なので単純に演劇公演として観に行ったのだが、百花亜希と田中のり子を堪能できたので大変よかった。僕の愛しのドリゼラ役をやっておった原瑞穂さんという方も素敵であった。ああも喋りづらいテキスト(故意です)に負けず、情念の純粋培養みたいなキャラクターを演るのであるから表現圧力のある俳優でなければやれんと思うのだが、ぎゅっと凝縮されたエナジーを持つ良き俳優さんであった。安心。

百花亜希は黒百花部分を大いに発揮して大奮発。役者だなぁ、これが役者だよなぁ、と頷くことしきり。拙作『ドリゼラの憂鬱』に関しては、やはり自分が演出したいと思っちまうもんだが、あえて百花ダメ出しに執着すると、あんまり悪女にやり過ぎた、ステロタイプに行き過ぎた点は残念である。台詞もややドタバタしていた。それを差っ引いても十二分に魅力的なのだが、ダメだ、演出したい。くー。

小夏嬢の本は、こないだ会ったときに本人が「もう少し削れたかな」と言っていたが、僕は長さはあまり気にならなかったものの、構成的に頭からケツまで拾い切らずともよかったのでは、と思う。その上でもっと書き込んでも耐えうるだけのテーマ性があったので。ラスト一行の台詞も口に出さなくてもよかったような。しかし、作者の茶目っ気と文体の優美さ、軽やかさがよく出ており、かつ個人的に引っかかる台詞が多かったせいもあるかもしらんが、それにしても作者の現在や表情を覗かせる筆致であったように思う。演出的には急ぎ過ぎであると思う。

成島氏の本はもう一ひねりあってもよかったとは思うが、15分という時間にあった好短編。3本目ということもあり、食べやすいお皿があってよかった。流行病のエピソードがもう一つ伏線なり象徴なりとして効いてくるとぐっと違ったのではないかしら。

小栗君の本『かみさまのけだものと 悪魔のけだもの』は、彼特有の脳味噌から毒電波がダダ漏れしている内容で大変安心した。つーかこれは傑作であると思う。これで2時間書けるよ。現代のファンタジーだよ。僕なんか神話というと今さらのように大上段に振りかぶってしまうタイプなのだが、しかしこの語り口の軽妙さと言ったら。

先日小夏さんより「谷くんのよかったよ! ま、私のが一番だけど」というメールが来たのだが、自分の本が一番面白くて安心した。

というのは冗談にしても、小夏メールを読んで、小夏嬢がああ書くのなら、公演として悪い出来ではあるまい、奈津美も頑張ったのだな、と思ったが、その予感は外れておらず大変安心した。公演としてきちんとまとまっていたし、三列目客席が観づらかったことをのぞけばきちんとパッケージングもされ方向性も明示され、初主宰業としては上々の首尾であると思う。客席にムサい男がごろごろいたのが何より成功を物語っている。身内客でない客層を、初回公演で取り込むというのはなかなかできることではない。

演出力という点ではもう一息も二息も足りていなかったが、まぁ初演出で100点とられたらこっちがおまんまの食い上げである。戯曲のリズムをもう一つ読み解いて構成していたら全体的な印象は大きく変わっていただろう。しかし前述の通り空間演出なりコンセプトの打ち出し方なりという大きな枠組を提供するという点ではきちんと演出されたパッケージができあがっており、この装丁には脱帽の評価を下さざるを得ない。

余談。俺の前の席に座ってたハットかぶったデブとちぢれ毛のヒョロ男は上演中にずっと二人でこそこそ囁きあったり筆談したりで煩いことこの上なく、どこかで声でも出そうものなら「うるせえデブ、ここは茶の間じゃねぇ」と言って叩き出してやろうかと思っていたのだが、巧妙にも周囲に響くレベルでの声は出さずにイチャイチャしてたので、殴る機会を失してしまった。ああいう精神年齢低いバカはどうやって征伐したらいいのだろうか。あいつらのせいではっきり言って3割も4割も気分を損なわれた。頭に来たので家に帰って牛肉食べた。

感想など。