PLAYNOTE 迷路の中で

2010年12月24日

迷路の中で

[雑記・メモ] 2010/12/24 06:21

メリー・クリスマス、アンド、アイ・ラヴ・ユー・オール。うそ。

最近よく、眠り姫という童話のことについて考えている。王妃と王子、どっちが幸せだったのかしら。二人とも? ええ、正解ですとも。しかし、魔法をかけた魔女は、一体どういう気持ちだったでしょうか。知らねぇよ。

脚本が書けずに、ぶっ壊れたファンヒーターみたいに、うんうん唸っているだけの俺です。ああ、僕はもう俺の言葉では酔えないのかもしれない。あそこと、そこと、ここと、そこ。いろんなところに足場を置きすぎて、バランスはよくなったのかもしれないけれど、前向きにぶっ倒れることはもうできないのか。

今年一年、年末回顧をしてみると、あぁ、何とも今年は、自分が自分自身から離れていく一年であったように思う。その結果、大変幸せです。すべてに感謝をし、すべての人の足元に身を投げ出し、キスしたい。そんな気持ちで生きている。だとしたら、もう何も書かなくてもいいのかもしれない。

今年は一本もDULL-COLORED POPの公演を打っていない。2005年以来、初めての経験である。え、でも引っ張りだこだったじゃん、売れっ子じゃん、なんて言われ方もするにはするが、自分の芝居を打つ、ということに関して言えば、何とも皮肉な一年であった。『人間失格』はいつの間にかDULL-COLORED POP的な扱いを受けた作品であったし、個人的にいい上演であったと思うが、しかしやはりDULL-COLORED POPではない。『幸せを踏みにじる幸せ』に関しても、あれがやれたおかげで今僕は演劇的にも社会的にも生存できているのだが、しかしやはりDULL-COLORED POPではない。個人企画は楽しかったが、DULL-COLORED POPではない。その他もろもろ。

この感覚は、わからないかもしれないな。それくらいに、自分の劇団、というものは、重い意味を持っているものなんだ。

もっと無茶苦茶なことがやりたい。

眠れない夜に、そして筆が進まない夜に、自分がやることは、結局は昔自分が書いた文章を読み返すことくらいだ。ブログ、脚本、日記、その他を読み返してみて、『ショート7』の頃の自分と、今の自分の埋めがたいギャップというものを改めて思い知る。あの頃は、演劇に対して実に気持ちがイキイキしていた。野心と反抗心が俺の体の血と骨と肉だった。演劇に対して、何て言うか、あどけなかった感じがする。今の俺は、黒ずんだ乳首とか、着古した革ジャンみたいな感じで、味はあるが新鮮味がない。枯れている。

今年一年は、演劇だけで一人暮らしのメシなり光熱費なりを捻出できた、という意味で画期的な一年であった。
五年前の僕「いいなぁ、そうしたら俺、とんでもない作品つくるのにな。だって、演劇しかやってないんでしょ?」
今現在の僕「そう簡単に、どっちがいいって言い切れるもんでもないぜ」
しかし俺は生きていかなければならない。俺はどうしても、生きていかなければならないのだ。そして俺は生きていたいのだ。しかしそれすらも、どっちが目的なんだかわからなくなるときがある。人は生きるために働くのか、働くために生きるのか? みたいな。

何もかも忘れて、美術館めぐりとかしてーなぁ。何もかも忘れて、ね。携帯は家に置き捨てて、〆切もなく、受信フォルダもToDoリストも空っぽで、何一つ俺を急き立てるものがないまま、美術館めぐりでもして、ただひたすら美しいものに触れていたい。音楽はiPodとiPhoneで持ち運べるし、文学はポケットに入る。新しい空気を吸いに、外国とか行きたい。

今の俺は、ちっとも鬱でも不幸でもないんだ。未来という二文字が恐ろしくなくなったし、演劇という二文字をぶち殺してやると思っていた気持ちも随分消えた。だけど、いや、しかし。しかし人間は、常に過去の自分に嫉妬するものである。高校時代の自分しかり、幼稚園児だった頃の自分しかり。そんなことは理性的にはわかっているから、現時点でのベストパフォーマンスを目指して活動するしかないのだが、んー、いかん、ただの愚痴になっている。ただ、やっぱり、忘れちゃいけない。核兵器より人間の方がよっぽど危険だ。

今日、いや、ここ一ヶ月で一番スリリングだった瞬間は、某量販店で某エログッズを購入する瞬間だった。今から使用するのが大変楽しみなくらい大変素晴らしく、かつクリスマスという季節柄にもあった素晴らしいアイテムなのだが、そいつを購入する瞬間、いや、その商品を手にとってから、迷彩のために買い物カゴを手に入れてそこに隠す瞬間までのドキドキ感はたまらなかった。28にもなって一体何買ってんだ、という冷静かつ常識的な自分の目と、しかしヤッホーと思っている自分の心と。詳しく書きたいが、さすがにドン引きされるだろうから書かない。

あの人に会いたい。あの友達に会いたい。あの恩師に会いたい。あれやこれや、会いたい人がいっぱいいる。しかし、忘年会や新年会のお誘いはほぼすべて断っている。結局のところ、一対一か、それに近い状況でなければ、大事な話など一つも出来ない。

仏教の説話としてあちこちに話が出て来る、十牛図という絵があるんだが、そのことばかり考えている。

これだけ書いても、書きたいことが一つも書けていない。実に不自由だ。