PLAYNOTE ワンダーランドの加藤種男さんのインタビューより

2010年11月24日

ワンダーランドの加藤種男さんのインタビューより

[演劇メモ] 2010/11/24 23:08

こういう劇場・劇団を作るには、日本ではどうしたらいいんだろうなぁ。すごくうらやましいって思ったよ。

一部引用。適宜中略・改行追加しています。週刊マガジン・ワンダーランド vol.217より引用。

その時にもっと驚いたのは、ベルリナー・アンサンブルで、ブレヒトの「アルトゥロ・ウィの興隆」をハイナー・ミュラーが演出した舞台。マルティン・ヴトケという人が、この3時間を優に超える芝居にほぼ出ずっぱりなんですが、ミュラーの演出を身体で表現し、鬼気迫る演技をみせてくれた。

それであくる日、今度はフォルクスビューネで、「巨匠とマルガリータ」というロシアの作家の脚本をドイツ語に訳した芝居をやっていた。1930年くらいのモスクワと、キリストがいるエルサレムが交互に出てくる。それで、ユダヤ総督のポンテオ・ピラトが裸で風呂に入ってるんですが、綺麗な女官に囲まれて、シーザーの代理人ですから、実にリアルなワンマンぶりを発揮してキリストを呼びつけ、入浴したまま尋問する場面がある。

それを見ているうちに、このピラトは面白い役者だな、だけどこのおじさんどこかで見たことがあるぞと。それがなんとマルティン・ヴトケだったんですね。つまり、前日アルトゥロ・ウィの役をやっていて、あれだけ熱演していた人が、あくる日、違う劇場でまったく別の芝居で全然違う役をやっている。もちろんそんなことができる役者はそうそういないにしても、すごいなあと思った。

それは、劇場がカンパニーを抱えているからできること。もちろんヴトケ自身はカンパニー所属の役者ではなくて、フリーでいくつかの劇場と契約して出演しているのだけれどもね。残りの人たちは劇場の所属の役者であり、スタッフも劇場所属。こういうのが劇場というんであって、日本のあの空っぽの装置は何なんだ

こういうのは絶対おかしい。日本に帰ったら、私は劇場をもっているわけではないけど、もしチャンスがあれば、劇場には劇団があるのだという状態を作らなければいけない、カンパニーのいない劇場をのさばらせておくわけにはいかないと思いましたね。

何でもかんでも欧米に習え・倣えと言うと「この欧米かぶれが!」と言われても仕方ないけど、ねぇ、これはカッコいいでしょう。同インタビューでは他にも一日ごとにセットをバラし、毎日別の演目を上演している劇場のことなんかも書かれていました。

ここからはぼやき。

僕は劇場法には大枠では賛成で、じゃあ細かい議論もしたいのだけど、どこ行ったら読めるのか、議論に参加できるのかわからず、途方に暮れている人間なので、あんまり偉そうなことを言えないのだが、劇場法施行となって、劇場に芸術監督がいるようになったとして、でもそこが上がりだとは思っていない。

芸術監督制度が定着すれば、ハコモノが劇場として生命を宿したり、演出家にとっても理想的な状態で創作に向き合える。だが、劇場と演出家だけではなく、俳優とスタッフ、特に俳優が、定期的かつ長期的に創作に向き合える状況は絶対に必要なのだと思う。

加藤さんのインタビューにあるような劇場のあり方を、少なくともドイツはやっていて、ドイツの方が日本より何倍も豊か、と言うのだったら話はわかるけど、経済的に言えばまだ日本の方がドイツより上なんじゃないの? 細かく比べればGDPだとか失業率だとかだけじゃなくて社会保障だの税制だの人口分布だのまで考えなきゃならないし、一概に比較はできないかもしれないけど、「まぁ日本では無理でしょ」ということは、ないだろう。あんの?

今はただ「うらやましいなぁ」って思うだけだけど、日本でも無理じゃないんだ、と思うとこから、未来への希望を繋げたい。

ドイツと言えば僕が思い出すのはピナ・バウシュなんだけど、ああいう異才が地方の劇場から頭角を現して、しかもそこのレジデント・カンパニーとして粛々と公演を打ち、かつ客席を埋めている、なんて、どういうカラクリなんだろう。ああ、ドイツ行きてぇなぁ。ドイツ語覚えるところからだけど。

しかし僕は政治家でもプロデューサーでもないので、まずは目の前のクリエーションに向き合わなければならない。うーん、勉強して金がもらえるような制度、つまりそれって奨学金ってことだけど、真面目に考えなきゃならないなと思う。ちゃんと勉強して、わかりやすく誰かに話したり、わかりやすくどこかに書いたり。したいもんだ。俺は元々研究肌だからそういうの向いてると思うし、意欲もとてもあるんだけど。

また話がずれた。目の前の創作。

コメント

投稿者:Seigo TANOKUCHI (2010年12月04日 09:24)

谷さん
 田ノ口です。お久しぶりです。フランスもドイツと同じく専属のカンパニー、専属の裏方を持つのが普通です。
 舞台芸術というのは長期間にわたる劇団員同士のコミュニケーションの上にしか成立しないと自分は思うので、今現在の日本の箱モノ劇場はおかしいと常々思っています。
 しかし日本では何故そういう風にならないのか? まず助成の問題です。ほぼ間違いなく、各劇場が専属劇団を持つには多大な助成が必要です。では日本政府はお金がないのか?勿論お金がないわけではありません。フランスは日本よりはるかに貧乏な国です。
 僕が調査した限りでは、問題は日本の「文化助成・振興」の在り方だと思います。多くの場合、日本、アメリカ、イギリスなどの資本主義が強い国は、文化学術に限らず助成の仕方が間接的です。例えば子供手当をみればわかります。日本は各家庭に「お金」を振り込み、それを「助成」と考えます。もしフランスなどEUの国なら、子供の幼稚園費用、各医療費、初等教育費、一定の衣料品購入費用などの「免除」という形で「助成」を行うはずです。自分は、フランスの劇芸術助成もこういう形で各種費用が「免除」されているのだと思います。金がいくらあるかが問題ではなく、金で国民生活の助成ができると思ってる日本の政治家がおかしいのです。
 ですから、やはり政治の問題ですね。奨学金や助成金の制度を大幅に見直して、費用免除中心の奨学、助成体制へ改革しないといけないと思います。
 
 長くなりすいません。お忙しいでしょうから、返事のコメントなど不要ですので。