PLAYNOTE ウインナーソーセージ

2010年11月24日

ウインナーソーセージ

[雑記・メモ] 2010/11/24 16:41

夢に出てきたのは見知らぬ親父だった。ウインナーソーセージ屋の親父。あれ、どこかで会ったことがあるかしらん、いや、絶対どこかで会っている、俺はこの顔を知っている。

「これが世の理(ことわり)というものだなぁ」

町の外には爆弾が降っていて、そしてそう遠くない将来、町の中にも爆弾が降り始める。朝はいつも戦闘機の轟音で目が覚めて、夜は隣町に落ちた焼夷弾の炎でいつも明るい。空襲に備えて明かりを消して静まった町で、そんな夜中に空を眺めると、真っ黒い布の上にザラメをざぁっとまいたようで、きらきら美しい光が見えた。しかしその星明かりさえ、町からすれば迷惑な話だ。見つかりたくない。

そのウインナーソーセージ屋の親父は、まあ名前はフランクでもペーターでも何でもいいのだが、ここでは仮にハンスとしておこう。ハンスは正直で誠実な肉屋だった。休みの日には教会へ行き、午後は犬の散歩をしてやって、夜は図書館で借りた本を読みながらビールを一二杯。跳ねっ返りで有名で、行き遅れていた雑貨屋の娘を嫁に貰ってやり、子どもが一つ。そんな親父だった。『若きウェルテルの悩み』を読んで、これは俺のことだ、なんて思ってしまうような、ごくありふれた、しかし心の綺麗な田舎男だった。

ハンスはウインナーソーセージに人肉を混ぜて売る。つい半年前からのことだ。

「これが世の理(ことわり)というものだなぁ」

ハンスはもうウインナーソーセージを作れない。父親譲りの一家代々一子相伝であったパンチの効いたウインナーソーセージ、そいつを作るには黒胡椒のいい奴を買わなけりゃいけないが、戦時下では大層値が張る。しかし黒胡椒の入っていないウインナーソーセージは、ハンスにとっては脂っこい肉の塊でしかない。どうしても黒胡椒の必要なことは明らかだ。

だからその代わり、肉の値段を下げた。戦争が悪いのだ。死体はちょっと足を伸ばせば北の街でも東の村でも手に入れることができたし、必要とあらば町中でどうとも調達することができる。ためらうのは最初だけ。だって、おいしいウインナーソーセージを作るためには、どうしたって必要なことだから。

そのハンスという親父はせっせとウインナーソーセージをこしらえて売りまくり、おいおいドイツの人肉ソーセージ屋なんてずいぶん懐かしいネタを俺も思い出したもんだな、と思うが、ここに出てきた架空のハンスとゆっくり話してみると、ハンスの悲痛さが伝わってくる。

「これが世の理(ことわり)というものだなぁ」

穏やかに語るその眉間には、本人も気づかないほどの小さなシワが寄っていて、ハンスは実はこう思っている。俺はもう長いこと、自分の作ったウインナーソーセージの味見すらしていない。口に入れる気も起きないし、第一、戦時下ならでは、味なんかどうでもいいのだ。あればいいし、安ければなおいい。味は二の次、三の次だ。

しかしそれも世の理(ことわり)というものだから、ハンスはウインナーソーセージを作り続けるのだけれども、弱くてずるい人間になった自分のことを、弱くてずるい人間になった自分のことを、見てみぬ素振り、知らん振りを決め込んでいる。

しかしハンスの唯一の悩みは、別に良心の呵責なんかではちっともなくて、読書が楽しくなくなった、ということだった。

「ウェルテル、久々に読んでみたけどね、ダメだね、年をとったからかね。ちっとも進みゃしない、長いんだな、あれは。だいたい娘っこ一人との好いた惚れただけで、あんな長い作文をやってのけた大ゲーテの考えることは、自分のような小ハンスにはわかりゃしないのかもしらんね。くだらない。実にくだらない。面白くないんだよ。形而上的な悩み、とでも言えばいいんですか? わかりませんね。ちっとも、実際的ではない。ちっとも、現実的ではない。彼は現実と向き合っていないんだ」

「その点私は、大人になったのかもしれませんね。人肉を混ぜたウインナーソーセージを売るというのは、とても大人びた行為です。そのことによって私は自分と、自分の家族を救ったのだ。あぁ、嫁はもういないんだっけ。でも、彼女の献身のおかげで、私とね、息子、このまだ何も喋らない息子は、生き延びることができた。神に感謝、嫁に感謝」

しかしハンスの眉間のシワが語っているのは、ただ一点、もう一度、若きウェルテルの悩みを悩んでみたい、ということなのだ。読めなくなったのは、年をとったからでも、大人になったからでもない、ということを、彼は気づかないけれど、彼の感受性は気づいている。弱くてずるい人間になったハンスには、若きウェルテルの悩みを悩めない。

ドイツの町なんて行ったことないから、木の枝からマンゴーがぶら下がっていたり、犬の代わりにでっかいトカゲが這い回っていたりして、あれこれファンタスティックな町だったが、できることなら、いや、絶対やりたい、あの町を俺は空爆するパイロットとしてもう一度あの夢に現れたい。あの哀れなハンスは、さっさと焼き払ってやる他ないのだ。

敗北主義のハンス。言い訳じみたハンス。弱くてずるい人間になったハンス。人生は物を背負って歩く道と言うよりは、物を投げ捨てながら歩く道である、というのは、28年くらい生きてみて僕が切々感じることだが、しかし投げ捨てちゃいけない最後のものを、この弱くてずるい人間は、投げ捨ててしまったのだ。

「これが世の理(ことわり)というものだなぁ」

そう言いながら今日も肉切り包丁を振るう、弱くてずるい人間になったハンス。奴を殺しに、爆撃機に乗り込んで、ドイツの町を見下ろしたい。背中にたくさんの、ザラメのような星たちを抱えて、ポケットにゲーテの中編小説をしのばせて。

誤解のないように一つ。人肉を食べるのは悪いことではない。一体、どういう気持で食べるかが大事だ。それは、ひとかけのパンを食べるときだって、同じことだ。