PLAYNOTE 雑記

2010年11月03日

雑記

[雑記・メモ] 2010/11/03 04:12

結局寝れないので書き散らして眠る。

手紙を書く、おそらく、このブログの読者の99%、ほぼ全員、だれも知らないあの人へ。

白状するけれど、あの日が本当に、本当に自分にとって右か左か上か下かの境目だったんだと思います。おかげ様で今となれば当初一つの目標であったお芝居を生計の主とするということを、まがいなりにも実現しているわけで、それを多分君は祝福してくれるんだと思う。俺だって自慢気にしているさ。自慢気にしていること自体が、表現者としての義務であるとすら思っているくらいなのだからね。こうしてここに書いていること自体が、一つのポーズというわけさ。

靴をもう五年も買い換えていないから、靴底にゴミがびっしりとへばりついていて、歩く度に嫌な感触がする。

今のワークショップでは、演技というものを基本から一度考え直してみる、という作業をしている。今日は、自己紹介というありふれたテキストを使って、

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  • 自分のテキスト・prepared
  • 他人のテキスト・prepared
  • 他人のテキスト・ad-lib

という位相をズラしながら、違和感やリアリティ、クセや態度や身振り、意識のレヴェル、心拍数や呼吸のレヴェルについて考える、というようなことをやってきた。

それが一体何になるというのだ。いや、俺は、自分で言うのも何だが、演劇のワークショップとしては確実に意味のある、検討しがいのある、意義深いプログラムをやっているという自身はある。いわゆるシアターゲームを並べて、はいどうぞ、というクソみたいなWSとは違うことをやっているつもりだが、しかしあえて、それが一体何になるというのだ、と思う。今回は定員20名で切ったけど、このうちの一体何人が、10年後も演劇を続けているというのだ。

あるいは、このうちの全員が演劇を続けていたとして、一体何になるというのだ。

少し位相をズラして話す。俺は別に、演劇をやれていること自体が満足だなんてそんな志の低いことを思っているわけじゃないんだ。演劇を続けられていることや、協力者や支援者がたくさんいること、お客さんが一杯いること、それは確かにありがたいことだけど、別にね、人気取りがやりたいわけではなくて、例えば君と同じように、世界平和とか、人の気持ちをちょこっとでも楽にしてあげることとか、そういうことがしたいんだ。

面白い演劇をやれなくちゃ意味が無いとは勿論思っているけれど、もう一つ言えば、面白い演劇をやったからって別に意味が無いとも思っている。演劇? それが一体何だって? 俺は別に演劇というジャンル自体を愛しているわけでも保護しようとしているわけでもない。パン屋がパンを愛すのは当たり前だし花屋が花を愛すのは当たり前だ。だけど、パン屋はパンを通して何かがしたいんであって、花屋は花を通して何かがしたいのであって、別にパンや花やそれ自体が目的というわけじゃない。

一言で言えば、自分は極端なニヒリズムという奴に身も心も食い尽くされている感じがするんだ。俺と君とで昔にした話とか、覚えているだろうか。マックス・ウェーバーについて語った大学生2人、とか、ほとんどあんなもの冗談みたいなものだぜ。ハイライトの置き方に角度を求めた俺たちなんか、ほとんどボケていたと言ってもいい。

(以下未完)