PLAYNOTE 悪だくみをする三匹の羊

2010年10月29日

悪だくみをする三匹の羊

[雑記・メモ] 2010/10/29 13:16

最近見た夢をマッシュアップして書く。

夜はしんしんと冷えていったんだ。雁首そろえた三匹の羊は、特ににぎやかに話をするでもなく、大人しく、静かに、お茶を飲んでいた。テーブルに置かれた料理を箸でつまみながら。悪だくみをする三匹の白羊たちが食べていたのは、黒羊のレバーのソテーだった。どうしても苦味が消せないから、ちょっとずつしか食べれない。

そんな小さな夜の外側では、だいだい色をした新幹線やアルミニウムでできた飛行機がびゅんびゅん飛び交っている。三匹の羊が集まっているほったて小屋からわずか数センチという距離だけ置いて、そんな高速運動物体がびゅんびゅんと飛び交っている。

そういう、微妙なバランスの中で、我々はお茶を飲んでいるのだということを、私はその光景から感じ取る。

最近は、何をどうしていいのかよくわからない感じだ。幸福について書くことは、不幸について書くことよりも難しいかもしれない。難しいと言うと少し違うな。簡単なんだ。それはとても簡単なことだ。「大好きだよ」とか「おいしかった」とか書けばいい。大事な言葉はいつだって大抵シンプルなものなのだし、裏を返せば、ややこしい、複雑な言い方をしなければ伝わらないことは、多分伝えなくてもいい、どうでもいいことばかりなのだ。

幸福について書くことは簡単なのだ。だから、書けなくなってしまう。沈黙うさぎが右のこめかみから左のこめかみへバビュンと走り抜けていく。

私は僕が蓮の葉であるような妄想をする。静かな水面にぷわぷわ浮かぶ蓮の葉である。おそらく水面下に根っこを張ってはいるのだろうし、どうやら彼もそれに不服というわけでもないらしい。だって、もし彼が不服なら、今すぐ鳥とか鹿とかヘリコプターに変身して、その蓮の池を飛び去ってしまえばいいのだから。

しかし彼は、蓮の葉の彼は、そこにぷわぷわ漂いながら、右を通り過ぎるカルガモや、上空を通り過ぎる雲、岸部を歩くベージュのマフラーをしたおじいさんなんかに、へこへこと愛嬌を振りまいている。いいお天気ですね、気持ちのいい風だ、ご機嫌いかが、アイムファインセンキュー。すべて必要のないことだとわかっていながら、でもその誘惑に彼は打ち克つことができない。何故なら、不要なこと、無駄なことをどれだけたくさんやれるかが、よく生きるためのキーだということがわかっているからだ。

そこまで考えを進めたところで、白羊その1は白羊その2その3から話し掛けられる。
「私たちは、電気代を払ったかしら?」
「私たちは、来年の秋に旅行に行けるかしら?」
白羊は夢から覚める。そうして、蓮の池に漂う葉っぱは夢に落ちていく。今度は彼が目を覚ますまで羊のターンだ。上も下もなく、右も左もない、そうして嘘も本当も何もない。

私は空である、という言葉の意味を、最近ようやく理路整然と、きちんと理解しはじめたんだ。