PLAYNOTE 僕がうつ病だった頃

2010年10月26日

僕がうつ病だった頃

[雑記・メモ] 2010/10/26 15:59

先日、お芝居のアフタートークでするっと「ちょっと前までうつ病でエヘヘ」なんて口を滑らせたことがあった。「えー!」なんつって盛り上がるだろうエヘヘ、とか嫌らしく計算していたら客席ドン引きで俺もドン引きだった。

しかし、これが例えば「ちょっと前まで胃腸炎で」とか「ちょっと前まで肋間神経痛で」とかなら、ああもドン引きすることもあるまい。俺が全然うつ病とか罹患しそうにないから「えー!」だったんだろうけど、全然なりそうにない奴が急にコロッとかかるのがうつ病である。それももう、常識かと思っていた。自分の認識と世界の認識はズレ続けるものなのだな。

どうやら常識ではないようなので、「ちょっと前まで胃腸炎で」くらいのノリで、ちょっと前までうつ病だった自分のことを書き残しておく。

一口にうつ病と言っても症状は人それぞれだが、一般論は専門の書籍に任せることにして、俺はひたすら俺のことを書いてみる。

あの頃の自分には、気力、活力というものがまるでなかった。もともと双極性障害(躁うつ病)的な気質のある、つまりアップダウンの激しい性格をしてはいたが、あの頃の落っこち方と言ったら普段の比じゃなかった。仕事や各種手続き、連絡や報告など、面倒臭いことやかったるいことにゲンナリ、というだけじゃなくて、趣味や遊び、お出かけなど、楽しいことにも全く気持ちが奮わない。気力が完全にガス欠状態だった。

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性的な意味でインポテンツにはならなかったが、心的な意味でインポテンツだった。だから、

「お花が咲いている」→「きれいだなぁ」

とは絶対にならない。

「お花が咲いている」→「      」(空白)

である。何も思わない。何も感じない。

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例えば目の前に、誰かが淹れてくれたばかりの、湯気の立つ熱いコーヒーが置かれていたとしよう。そうしたら、いい匂いだな、おいしそう、嬉しい、そういったことを感じるのが人間である。しかし当時の僕にはコーヒーだろうが泥水だろうが同じことで、嬉しさや優しさを一つも受け取れない。心の不感症である。

目の前のものから嬉しさや優しさを受け取ることができないと、人間はどうなるのか。ただただ萎んで、落ちて、干涸らびて、どんどん小さくなっていくだけである。

* * *

しかし意識ははっきりしているから、何もしていない自分、何も感じない自分にどんどん焦りを感じていく。このままじゃまずい、このままじゃダメだ、何とかしなくっちゃ。そう思ってさぁ体を起こして服に着替え、外出してみたところで、ちっとも気分は晴れない。温かいコーヒーに感動できない私は、新しい映画にも、鮮やかな風景にも、こまやかな人の気配りにも感動できなくなってしまっている。心ここにあらず、のまま、私はあちらこちらを歩き回って帰宅する。私はへとへとに疲れている。

そうしてまた家で愚図愚図しているのだが、やはりまた考える。このままじゃまずい、このままじゃダメだ、何とかしなくっちゃ。そう思ってさぁ体を起こして服に着替え、外出してみよう、とは、もう思えなくなっていく。「どうせ今日もダメだろう」という気持ちである。

いや、ちょっと違うな。「どうせ今日もダメだろう」なんてふてぶてしい感じじゃない。「今日もダメだったらどうしよう」の方が近そうだ。あれこれ頑張ってみて、それこそ死力を尽くし、わらにもすがる思いで、痛みに歯を食いしばり、筋肉を酷使して、何かに取り組んだとしよう。しかしその結果、また何も思わない、何も感じない自分、というものを発見すれば、自己嫌悪が致命的に加速するだけだ。

だったら何もしない方がいい。

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そういうことを繰り返していると、そのうち目が覚めても体を起こすことすら億劫になる。腑抜け腰抜けよろしく、ベッドでごろごろして煙草を吸い、ウイスキーをラッパ飲みしながら、二時間でも三時間でもだらだらしている。心の中では、いよいよまずいもうダメだ、というバッテン印百花繚乱しているのだが、何をやる気力もない。目を覚ましたのがそもそも昼の一時・二時だったりするので、カーテンの外ではすでに日が暮れている。絶対に開けないカーテンの外では、新しい一日が俺を置き去りにしたまま通り過ぎていく。ばいばーい、早くどっか行け。

夕焼けがカーテンを染め始める。今さらどこにも出掛けられないし、今さら誰に会う約束もできない。恐ろしくなってウイスキーを二三杯おかわりして、昏倒するように眠り、だがしかし次に目を覚ますのは大抵夜の十時くらいだ。恐ろしい一日はちっとも終わってくれない。むしろここから、また長い夜が始まる。不能の自分を引きずりながら、夜中、部屋の中、じたばたすることさえ、もうしない。観念し切って、時間が流れるのをただ待っている。そんな夜がまた始まってしまう。

そういうときに見た、時計の針の動き方なんか、今でもよく覚えている。一分、すなわち六十秒、秒針が動くのを眺めていて、考える。一分過ぎるのにこんなに長い時間がかかるんだ、一日やり過ごすにはどれだけ長い時間がかかるんだろう。

そういうときに考えた、未来のイメージなんかについてもぼんやり覚えている。真っ暗、とか、ぐちゃぐちゃ、とか、しっちゃかめっちゃか、みたいなイメージではなかった。未来について考えてみると、すぐ目の前で金属製のシャッターが降りていて、何も見えない感じだった。閉塞感。どこにも行けない感じ。ガシャン。

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異常に酒を飲んだ。今考えてもぞっとするほど飲んでいた。ウイスキー一瓶くらいなら一晩で飲んだ。一応、心療内科にも通ったので、一ヶ月分とかまとめてもらってきた薬を、やっちゃいけないとわかっていても、服薬規定量の三倍くらいまとめてウイスキーで流し込んで、気がついたら一日半経っていた、とかいうこともあった。あとはスニッフィングということを覚えて、もらってきた錠剤を仕込み用のナグリ(トンカチのこと)で粉々にして、ストローで鼻から吸い込み、遊んだりもした。

食生活も荒れまくっていて、二日食わないとか逆に一日六食食べるとかはザラで、睡眠はひどく不自然・不定期的、酒と煙草のオンパレードで、あの半年くらいで寿命が十年縮まりましたと死神とかに宣告されても「あぁやっぱり、なるほどね」くらいにしか思わない。そんな状態であった。ボロ雑巾のようであった。

しかし、体が不健康で、心が不感症になっているだけだから、思考能力は意外とまともなのである。長続きはしないものの、きちんと考え事はできた。そして、それはつまり、自分の不甲斐なさ、だらしなさに関して意識が実に明晰だった、ということだ。それは地獄のようなことだよ。

人間に麻痺という機能があるのは、例えば腕を切り落とされて痛みで失神しないためである。麻痺しなければならない。しかし、当時の自分の脳味噌は、麻痺ということを覚えなかった。自分の愚かさ、不甲斐なさに関して、常に考え続けている。明晰に分析し続けている。無気力で手足は動かないが、頭は働く。それを阻害しようとして、また酒を呑む。酩酊してしまえばいい。

サラ・ケインは四時四十八分に目を覚まして必死で文章を書いていた。一日の中で心が明晰になる僅かな時間、その光の消えてしまうのをひどく恐れていた。だが、俺は逆に、心が目を覚ます瞬間を酷く恐れていたように思う。泥々と意識を沈殿させておけば、何も考えずにすむものだ。そうやって酒を飲みまくり肺と心臓を痛めつけて、なるべく長く泥沼の底で息を止めていたのだが、しかし一日に何度かはやはり心が目を覚ましてしまう。そして、泥まみれになっている自分を発見して、死にたくなった。そう、何度も死にたくなったんだ。

基本的には、うつ病というのは「器質的」な病気なのです。器質的とはつまり、心がどうこう、ではなく、脳がどうこう、というレベルの話。脳内物質のバランスが崩れているんだから、薬を飲むのが一番早い。うつ病の原因はセロトニン不足、という話を聞いたことがある人は多いでしょう。僕もセロトニンの分泌を促す薬を飲んでいました。

最後に、自分はうつ病かもしれない、と思う人へのアドバイスを一つ。ブログやWikipediaなんか調べてないでさっさと心療内科行け。まじで。どこにあるのか、どこがいいのかわからない、って? インターネットがあるんだから、それこそさっさと調べなさいな。どうせ一般社会の理解や認知度なんて、向上はしたけどその分偏見も増えてるから、何の頼りにもならない。何の頼りにもならなかった。医者行け、医者。

僕の場合、過去に精神病院や精神病を扱った芝居を何本も書いていて、普通の人より遥かに知識量が多かったから少しはマシだったんだろうけど、それでも上記のような有様で、廃人寸前、いや、あの時期はもう完全に廃人でした。だからさっさと病院へお行き。うつ病なんて精神の風邪なんて言われるくらいで、本当に誰でも罹る病気なんだ。かく言う自分も「俺とかぜってーあり得ねーしwww」くらいに思っていたのが、見事にドツボにはまった。Wikipediaにあるうつ病を患った著名人リストを見ると、まぁ小説家からサッカー選手、ラッパーに宇宙飛行士まで色んな人がやっている。ここに名前が載っているのは比較的重度だった人だろうけど、軽度な人も含めたら何億人って名前が載るような、名前だけで百科事典級のリストができるだろう。「風邪を患った著名人リスト」とか作ったら凄そうだけど、それと同じことで。

こいつをやったおかげで、精神的、あるいは社会的弱者と呼ばれる人々の気持ちが少しはわかったような気がしている。例えば森の中、右足を付け根からざっくり噛みちぎられたクマの子どもがいたとして、彼に向かって「頑張れ、甘ったれんな、ほらダッシュ!」って言う人はいないだろう。しかし、例えば森の中、心の半分をざっくり噛みちぎられたクマの子どもがいたとして、彼に向かって「頑張れ、甘ったれんな、ほらダッシュ!」って言う人はいっぱい、いっぱい、いるだろう。

無理っすから。足ねーのに走れとか。無理っすから。それとおんなじ。無理っすから。心ねーのに走れとか。無理っすから。

だけどクマの子はこれからも言われ続けるのだろうな。

「頑張れ! 甘ったれんな! ほらダッシュ!」

仕方のないことだ。でも、誰かが助けてやらないといけないだろう?

コメント

投稿者:  (2010年10月28日 02:01)

鬱病患者の代表のような物言いに疑問。
そんな単純じゃないです。

投稿者:Kenichi Tani (2010年10月28日 02:03)

あくまで僕のケースって書いてますけど。

投稿者:難病さん (2010年10月28日 04:43)

一うつ病患者に代表も補欠もないでしょう。

僕は特定疾患の不治の難病を抱えています。
同じ病気の知り合いが何人もいます。
しかし、症状は皆違う。同じ病気なのかとさえ思えるぐらいの差がある。
そう言った、色んな人の様々なケースを聞くのは、同じ病気の持ち主として大変興味深いのです。

うつ病も、色んなケースがあるはず。
同情を買いたいだけの似非うつ病の病気自慢は、読んでいても何も得る物は無いが、こちらの文章は単純に鬱についての情報が体験談として要点がまとめられていて、うつ病の一つのケースとして大変ためになりましました。

複雑なうつ病、単純なうつ病、色々なケースがあると言う事を知るのは、無駄では無いでしょう。

投稿者:miyan (2010年10月28日 10:02)

TBNっていうサイトから来ました。
自分は今、心療内科に通院しながら療養中の身なのですが、楽しく読ませてもらいました。
共感できるところも「へー」なんて思うこともありつつ。
この記事の感じで人に話すことできたら、楽しんで貰えるんだろうなぁって思いました。

投稿者:白血病 (2010年10月28日 11:14)

ウダウダ書かれてても何にも響かなかった。
心がねぇとか足がねぇとか理屈っぽく分析してるくせに走らないのは甘え。
その程度のダウナーなんぞ腐るほどいる。みんな勝手に復帰したり死んだりしてる。
鬱なんてのは利権にあやかれる誰かが人為的に造った、
ただの「やる気ねぇ~」というタイミングを手軽な病名にしただけ。断言。
占い師がよく当たる原理と一緒。およそ誰でも思い当たる感情の起伏からの
逃避行動を大げさに病名つけてみましたってだけ。
小学校のクラスで花粉症が居ると、チヤホヤされてちょっと羨ましくなるのと同じ。
世間の理解?被害妄想だわ。
ちゃんと理解してる人からの正論は寒波なので、甘えシャッターで防御。自分もたまにやる。
おまけに、病気と聞くと我が事の様に心配する素振りを見せる、
敬愛精神の自慰野郎の後押しが猛烈。これも誰でもあるんで、鬱擁護は無くならない。
自分も年寄りに席譲ると誇らしい。故にぬるま湯最高の連鎖。
風邪ひいたって、必死でケアして少しでも翌日に響かないように
努力する。予防だってする。病院行けっては半分同意するが、
プラシーボ効果の方に期待する程度。結局は這ってでも自分で歩くんだよ。
戦後のヒロポン蔓延するようなとんでもない時期に
自称うつ病患者なんてどれだけいたよ。
あきらかに今の現状は「うつ」は金のなる木。
病気自慢と介護自慰のカラミを操るお手軽収益医療関係者のおぞましい3Pてか。
俯瞰で見ろ。別視点にまわれ。常識を疑え。そしたら目を覚ませ。

投稿者:Kenichi Tani (2010年10月28日 14:06)

という、白血病さんのご意見でした。本当に素晴らしいご意見、ありがとうございました。ウダウダ書かれていて何も響きませんでしたが。

投稿者:taniken 乙 (2010年10月28日 14:08)

器質的とはつまり、心がどうこう、ではなく、
脳がどうこう、というレベルの話

理解するのは難しい状態の人も きっと多いだろうけど 
認識するきっかけとなるアドバイスだよね


人それぞれ 自分に合った言葉が胸に響くから
Kenichi Tani の経験をつづったこの文章で
 たくさんの人のヒントになったり、
何かのキッカケになったりしてる筈だと思いますよ うん

僕はKenichi Taniさんの文章から、再確認させてもらったり。

がんばる事についての認識で深く考えさせられたモノがあります
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080105/p2
 みなさんも一度 目を通してみてください ンガチュチュ

投稿者:りなぽん (2010年10月28日 18:38)

うつ病の人の妻です
今は回復してきていますが、正直こちらが病気になりそうでした
足がないひとと心がないひとは違います。
一緒にしないでください

投稿者:しぐみん。 (2010年10月28日 21:56)

経験者なら、まず感じる事がある記事でした。
見事に、否定と肯定コメントが並んだのはちょっと笑ってしまいましたけれど。

>楽しいことにも全く気持ちが奮わない
これが一つのボーダーラインと私は思いました。

>心ねーのに走れとか
なるほどな表現です。

コメントした人に一言だけ。
>りなぽんさん
足が無い人の介護してみろ。病気になりそうかそうじゃないかは変わらんぞ。

投稿者: (2010年10月28日 22:14)

↑あなたもお疲れだろうけど、たとえ話にかみつかんでも・・・。

器質的とはつまり、心がどうこう、ではなく、
脳がどうこう、というレベルの話

まさにこれですよね、ただ患ったことのない人にはなかなかわかって貰えない・・・。
そういう人たちには逆にセロトニン分泌を減らす薬(あるのか?)でも飲んで体験してもらいたいw。

投稿者: (2010年10月28日 23:38)

いや、
うちの話の長い課長がうつ病になりましてね。
この記事もいやになげーなって思いましてね。
話は短く人生は長くですな。
ともあれ薬に走るなら自分の選択ってことじゃない?

投稿者:Kenichi Tani (2010年10月29日 00:39)

> ともあれ薬に走るなら自分の選択ってことじゃない?

今、心療内科の看板出していて、投薬治療を全くやらない医者ってほとんどないと思いますよ。

投稿者:やがしら@足跡テロリスト (2010年10月29日 02:29)

身体や心が疲れ切ってる人に、頑張れとか言うなってことですね。
疲れてる人には、ゆっくり休んでねって言うんだよ。

投稿者:GG (2010年10月29日 03:28)

うつに関する話はともかく、最初と最後が矛盾してませんか?

うつ - 胃腸炎
うつ - 風邪
みたいなものなんですよね?

「右足を付け根からざっくり噛みちぎられた」
だと、お客さんもエーと言わないだろうし
これはかなり大変なことだと思います。
良いか悪いかはともかく、風邪だったら「甘ったれんな!」は言われることはよくあると思います。

それとも、かかりやすさは風邪程度だけど、
なってしまったら「右足を付け根からざっくり噛みちぎられた」
なんですか?

投稿者:通りすがりですが (2010年10月29日 08:49)

見た目に分からなくても走ることが不可能なんだよっていう、別のたとえ話でしょうよ。
くっつけちゃいけませんや。
体験談なんだから、細部に文句をつけるより、貴重な情報として参考にさせて頂くのが吉でしょう。

投稿者: (2010年10月29日 09:18)

コメントも含めて興味深かったです。

うつ病は甘えだって言われても仕方ないよね。そう見えるんだから。
でも、お薬飲んでちゃんと治そうって思ったら、それは闘病だよね。

闘病してる人を馬鹿にする人は、そうそういないよね。

後遺症?が残ったり完治は難しい病気だけど、きっと社会復帰できるし、本来の自分を取り戻せると思うから、迷ってる人はどうにか治療してみてほしいね。

投稿者:来年から会社員 (2010年10月29日 19:57)

こんにちは、大変興味深く拝見させて頂きました。
自分は中高生の頃重度のヘルニアだったんですが、外見上は普通に見えても運動は一切禁止されており
周りからはあいつは病気を理由に力仕事や体育をサボっているだけ、等散々陰口を叩かれ、非常にしんどい思いをしました。
欝もそれに近い部分があり、結局こういった外見に表れない病気を理解しようとするよりは
患者をサンドバッグにして自らのストレスや不満の捌け口にする方が楽、となってしまうのが人間なのかもしれません。
難しいです。本当に

投稿者:興味深いお話でした (2010年10月29日 20:33)

経験者ならではの話が読めて良かったです。
できれば、どうやってその状態から抜け出したのか、
その過程も知りたいです。
後は、その状態のとき、周囲からして貰いたかった事も。
多分、周りの人は良かれと思って「ダッシュしろ」と
言っていたと思うので、正解(?)を知りたいです。

投稿者:Kenichi Tani (2010年10月30日 02:39)

>興味深いお話でしたさん

どうやって回復したか、は、よく質問されるので、別に新規エントリー立てても良いのですが、なかなか難しい問題なのでコメント返しだけにしておきますね。「うつってこういうものだよー」はうつになったことない人向け、「うつから治るにはこうだよー」は今現在うつの人&今現在うつの患者と接している人向けになると思いますが、後者に関しては「病院行け」が最大の解答で、僕のような素人解答は邪魔だとも思うからです。

僕は、家族と恋人のケアで復活しました。薬も飲み続けましたし、仕事も休みました。仕事をまるっと一ヶ月休む、というのは、なかなか勇気の要ることです。ましてや僕のようなフリーランスの仕事をしている人間には、このままキャリアが終わるかもしれないと思う恐怖でした。

でも、休養をしっかり取り、周囲の理解と支えがあって、復帰しました。一番重要だったのは、周囲の対応だったように思います。僕をしっかり待ってくれていたし、僕に期待をしてくれていました。「頑張れ」とか「期待してる」はうつ病患者にとって禁句というのが一般的に言われていますが、そうとも限らない、という研究・意見も出ています。僕もそれに賛成です。

「頑張りが足りないんだ、だから頑張れ」
というニュアンスでは、もちろんプレッシャーにしかならないのでNGだと思います。しかし、
「今は休めばいいじゃない。いつかまた立ち直れるよ。だから今、つらいと思うけど、頑張って」
というニュアンスは、本当に支えになりました。自分の価値を感じられました。

このニュアンスの違いがわかる方なら、何か、うつ病患者にとって大事な行動が起こせると思います。

投稿者:通りすがりのもの (2010年10月30日 08:41)

こんにちは。私もうつ経験者で、現在完治したものです。
コメントなどを見るとやはり世の中の偏見はまだまだあるようですね。

実際に体験しないとなかなか伝わりにくい病気なんでしょうけど、
想像以上に無気力になりますよね。
私は活字やTVをみても内容が理解できなくなり
ました。読んだり、聞いたりしても頭に入らない感じで。

あと薬の副作用かもしれませんが、すごく疲れやすい。
長く起きていることができず、10時間睡眠+お昼寝という生活で
一日の半分を寝ていたときもあります。

死にたいとは思わなかったけど、生きている感じもしなかった。
そんな状態が半年くらいかな、続きました。

病院でなおったので薬をやめていいですよ、といわれてからも
すぐに前みたいに生活できたわけでなく、
やっぱり徐々に回復していく感じで
自分自身で「直った!」と感じたのはその半年後ぐらいでした。

まだ仕事はフルで再開はしていないのですが、
人生そういった休む時間があってもいいんだなって。

そしてこのうつ病は私にとっては
自分を見つめ直すよいチャンスだったなあということで
今ではとても感謝しています。

投稿者:ゆき (2010年10月31日 22:49)

あまりにも自分のケースと似すぎていて一気に読んでしまいました。
そうなんです。何も感じなくなるんです。全く動けなくなるんです。
そしてこの辛さから逃げられるものなら、死すら選びたくなるのです。
ですが、外観は何一つ変わっていないので、他の人にはわかってもらえません。
残念ですが、やはり経験者にしか伝わらないのでしょうか…。

投稿者:ちゃんと考えよう (2010年11月01日 02:16)

私はここまでの経験はありませんが、少し似た様な状況に陥ったことがあります。
その上でとても貴重なお話しだと思いました。

ここからは完全に個人の意見ですが、
表面から決して見えないこの手の病気は、単なるエスケープに感じる方も多いと思います。
そんなケースも多々あるのでしょうけど、それは「鬱じゃなくて良かった」で良いんじゃないかと。
「自分で自分を殺してしまうかもしれない・・・」本当にどうしようも出来ない状況を、
「甘え」と考える意見が多い現状にも疑問で、
私は、鬱なんてなるわけない人でも発症する「怖ろしい病気」だと私は感じています。
特に格差が大きくなりつつある、「平和な今」だからこそ起こる病気なんではないんでしょうか?
戦後の「皆が苦しい時代・バブル」とは違い、色んな選択肢で人生を選べる様になった今だからこそ、
「他人からの攻撃・他人との比較・理想とのギャップ」などがより大きくなり、強い自己嫌悪を引き起こす。
だから、もっと色んな人の理解と鬱か否かの判断が大切なんだと思う。

後、自分と考えが違ったら他人の意見の揚げ足取り。意見と文句は違いますよ・・・
「僕が」と言う見出しで、ご自信の経験談として書いてあるのに批判内容が見苦しいです。

白血病さんは経験してない事や他者の考えを理解するのが苦手なんでしょうか・・・
文章があまりにも一方的で、まるで子供の作文を読んでいる気分になりました。
同じ人間としてもう少し思考することを覚えて欲しいです。

こう言う批判が多過ぎるから大事な意見や少数派が消えてしまう。
鬱という世間からはマイナスイメージのあるデリケートな問題を、
「自分の言葉」で語ったこの記事をもう少し大切にして欲しいと思う。

投稿者:ぱぐ (2010年11月01日 04:07)

私が多分鬱であった時には、病院へ行ったほうがいいかもしれないとは思ったものの、行く気力がありませんでした。
あの時にこのような記事に出会っていたら、行く気になって、もっと早く普通の生活ができていたかもしれません。

病院へ行くための後押しする力にこの記事が少しでも役に立つ方々はコメントを書くほどの気力は無いかもしれませんが、この記事が励みになった方もいると思います。

投稿者: (2010年11月01日 17:06)

心の不感症!まさにその通り!
何をやっても面白くない。だから、何もやりたくなくなる。
そして、時々腹の底から湧き出る、将来への恐怖と不安。
んでもって、自分なんかに明るい未来は無いっていう諦めが延々頭の中をぐるぐる回る。

私は心療内科に行こうって、気力すらでませんでした。
ネット通販でうつに効くサプリメントを買って、ちょっと良くなってからようやく心療内科に行けました。

Kenichi Taniさんは心の不感症は治りましたか?今は目の前の物に心を動かされる状態でしょうか? 完全に治るとどんな感じなのか興味があります。

投稿者:おいおまえ (2010年11月01日 17:23)

心療内科でも無責任な医者がいる。薬ですませるような医者は、行ってはならない。きちんと心療内科の下調べをしなくてはならない。しかも結構金もかかる。5000円ではすまないだろう。

このブログの内容参考にならないな。中途半端すぎる。

投稿者:Kenichi Tani (2010年11月01日 18:14)

なんで「おいおまえ」とか言われなくちゃならねーんだタコ。治療のためにはこんな記事じゃ不適切だから医者行けって書いてんだろが。

ならあんたがいい医者紹介してくれよ。なぁ。

ちなみに僕の場合は5000円もかかりませんでしたよ。いくらだったかは忘れたけど。

投稿者:RIN (2010年11月11日 16:43)

酷いコメントする人もいて
読んでいると、心がズキンってしますね。
うつ病の人からのコメントだから?
健康な人の心も蝕みそう。

わたしは、この記事はこころに響きました。
うつではないのですが、うつに関して調べてて
ここにたどり着きました。

こころが空白(「   」)って怖い。
でも、とても伝わりやすい表現でした。

わたしは、あなたの文章好きです。

あまりコメントを正面から受けず
またうつ再発なんてしませんように。

投稿者:RIN (2010年11月11日 16:47)

>うつ病の人からのコメントだから?
健康な人の心も蝕みそう。

ごめんなさい、うつ病で悩んでいる方に
失礼な表現でした。申し訳ありません。


ただ、ネットという匿名の場であっても
あのように心が痛くなるような
負のストロークは
どのような心の持ち主なのかと思っちゃいました。

投稿者:瑠璃色の使者 (2010年11月12日 20:50)

自分もうつ病患者でしたが、マカと亜鉛のサプリメント
で治りました。サプリメントは健康補助食品、つまり
食べ物。食べ物でうつ病を治す本なんて売られてます。

マカと亜鉛で検索すると見つかる。殆どの人は知らない。

投稿者:DT (2010年12月17日 22:22)

長い間うつ状態で悩んでいましたが、仕事への限界を感じた時期と、
このブログを見た時期が重なったおかげで、ようやく病院に行く踏ん切りがつきました。
通院し始めてまだ1ヶ月なので、まだまだ死にたくなる時間が多いですが、
薬のおかげか以前より少しは楽になった気もします。

“ブログやWikipediaなんか調べてないでさっさと心療内科行け”

わざわざ太字で書いていただいてありがとうございます。

“ブログやWikipediaなんか調べてないでさっさと心療内科行け”

大事なことなので2度言いました。

僕が完治するかどうかはまだわかりませんが、
コメントも含めて共感できる、
大変興味深いブログを書いてくれてありがとうございました。

投稿者:谷賢一 (2010年12月18日 09:57)

DTさま

そうでしたか。少しはこんな記事でもお役に立てたのなら幸いです。鬱病治療に焦りは禁物ですから、ゆっくり、じっくり、治して下さいね。自分の意思ではなかなかどうにもならない病気ですから、精一杯周囲に甘えて、ゆっくり治療に専念して下さいませ。

投稿者:たえこ (2011年01月26日 02:35)

この間、初めて心療内科に行きました。行くまではドキドキして不安でしょうがなかったけれど、うつといわれ、これから先どうなるか不安ですが、今までの苦しくてどうしようもなかった日々にも原因があったということに、少し、ほっとした気もします。

なにより不安なのは周りの人との関わりで、どう付き合えば良いのか正直分かりません。うつの人の気持ち、家族にも友だちにも、どう伝えれば分かってもらえるんでしょうかね…

わたしも投薬治療が始まったばかりなので、これからなのですが、谷さんのこの記事を見て、治らなくて一生この状態なのでは…という不安から、少し離れられた気がします。こういった記事を読めたことは、励みになります。ありがとうございます。