PLAYNOTE 自由

2010年09月06日

自由

[雑記・メモ] 2010/09/06 07:24
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浅井健一@1994川崎クラブチッタ

ウイスキーのコーヒー割りを飲みながら夜中にブランキーを聴くのは、僕の生活における数少ない儀式の一つである。

この部屋に暮らし始めて一年が経って、特に何の思い入れもない。身辺・風景・情熱・興味が日々くるくると様変わりし続け、ジョン・レノンの言葉を思い出す。Nothing gonna change my world.

特にこの部屋の日常の景色は様変わりした。ゆうべは賑やかにフライパンを引っ繰り返しながらかなり早めの晩酌を一杯だけ飲んで、もう十分に、心臓の周りの補修工事が済んだ実感を得て、へらへらしながらベル・エポックのポスターアートの映像を観たんだ。実に怠惰な姿勢で、僕はそれを観ていたんだ。

先日、実家に帰ったとき、ハムスターを千葉県柏市まで運搬するという厄介な仕事をした。普段なら飛び石と飛び石の間をひょいひょい飛ぶように乗り換えていく東京メトロも、手元にハムスターを抱えていると実に神経質に乗り換えをこなさざるを得なかった。そのとき自分はほとんど臆病なくらいハムスターのことを気にしていて、地下鉄に乗っていても、乗り換えている間も、駅を降りてからさえも、気が気じゃない、そわそわした心持ちだった。そんな状態じゃあ、地下街を行く鉄道の浪漫を味わう暇もない。

ハムスターを抱えながら、しかし飛び石を飛ぶように電車を乗り換える、そういうことができるようになりたい。そのために今日の僕は久々にブランキーを夜中に観るという儀式をしたんだ。いい年して時代遅れのリーゼント、グンゼで3枚1,000円くらいに見えなくもないランニングを着たベンジーは、どこに行っても手垢と泥でべたべたになった世界で一番陳腐な言葉・「自由」を、高らかにロックンロールで歌っていた。彼はハムスターを落っことすかどうか、気にしていないだろう。

* * *

今は石に齧り付いてでも、あるいは泥だらけのデブの靴を舐めてでも、もしくは両手両足を切り落とされても生きていたい、生き延びたい、と思っているんだが、そういう考え方が自分の性に合わないのかもしれない。小市民的生活を唾棄せよ。帰り道にベゴニアの鉢植えを買う喜びを吐き捨てろ。おいしい食事はあればラッキー、なけりゃないでパンの耳でも食って寝るわ。命を落としても名誉を汚すな、みたいな武士道と言うか頑固道と言うか生きるの下手っぴ精神を持っていなければならないのか。

いや、ハムスターを落とさずに、軽やかに電車を乗り換えることは可能なはずなんだ。

* * *

今月末から僕の関わる二つの重要な公演が始まるわけだが、心の中がピリピリしている。面白いものを作ろうとしない方がいいのかもしれない。悪ふざけももう必要ないだろう。ストイックでさえあれば、ストイックでさえあれば。もう少し、ストイックであることを楽しんでいたいから、だから僕はこうしてベッドに背を向けて、一瞬、二瞬、机しか存在していないような気持ちになって、キーボードを叩いていなければならない。

何を言ってるのかわからないかしら? ごめん、ここは、そういうところなんだ。愛が溢れて、憎悪の川が氾濫して、しかしちっとも寂しくなくて、だからもっと寂しくなろうと思う。適度に不幸にならなければならない。

めちゃくちゃなことがしたいなぁ。

コメント

投稿者:ミンガ (2010年09月10日 17:44)

ある映画の検索から入ってきました。こんにちわ!
倦怠の渦・何でも中途半端な日本で暮らしていたら、(私が理解した範囲では)ここに表現されたように中途半端に苦しむでしょうね(アレッ、苦しんでいないのかも)最後の2行に表しているように、貴方は理性あって「適度に生きてる人」あるいは別の目方をすれば「程度にしか生きられない」人なのかもしれません。暖かい床暖房のような「家族愛」の上で育って毎日変わらない生活をしている貴方は幸せ者では?でももう少し考えてください。
さびしくない?適度に不幸にならなければいけない?今では世界のどこに暮らしてもPCで日本とはツーカー。本当の孤独を知らずに生きられる時代になりました。本当の恋も知らずに、代理の相手はたくさんいるから寂しくない時代でもありますね。物にあふれた時代で生きる人の不幸ですが、不幸とも思わない不幸です。本物を知ろうとしない、本物を探そうとしないことでしょう。[自分にとっての]本物を手に入れる努力をしないのです。反対に自分にとっての本物を手にした時は幸福感はいかなるものか。想像できますよね。前世代の日本人が物質豊かな国にしてくれたけれど、貴方達は本物を知る・大切にする世代です。ハングリー精神などといい加減な表現にだまされないように。代々裕福な家族のもとに育った若者は知っています、彼らはよりよい生活を維持する(高質な内容)のために努力しているのです。
 パンの耳をかじろうかうまいものを食おうが物質の問題ではないです、[腹が減っては戦ができぬ」と言われるように、腹が減ったり、家賃を払えない悩みがあっては独創性も創造性も生まれないものです。それが現実なのです。明日の生活もわからない場所で生きている人間はどのように生きているでしょうか。平和で物が豊富な人間は、「人間として」ない人に分けることを考えなければいけないのです。
歴史が教えるようにお金のないところ、芸術も科学も育ちませんでした。
めちゃくちゃなことがしたい・・攻撃性が燃えていないのですね。その攻撃性を自分自身が正しく生きるためのエネルギーとして管理利用するのです。壊すためのエネルギーに変わらないように、自然エネルギーの利用と同じ定義です。
大切な時間なのですが、おせっかい焼きなので、長々コメしました。お元気で♪

投稿者:Kenichi Tani (2010年09月11日 11:36)

長文コメント、ありがたいですが、借り物のような言葉で本物だとか本当だとか語られても、へぇ、って感じです。すみませんが、あまり心に響きませんでした。