PLAYNOTE いもしない姉

2010年08月27日

いもしない姉

[雑記・メモ] 2010/08/27 19:33

赤ん坊の頭くらいの大きさはある、赤黒いぶよぶよとした球体を抱えながら右へ左へ走り続ける。そこで出会う人々は僕がよく名前を知っているはずの人たちで、名前を呼びかけてもいいのだが、まるで名前と顔が一致していない。Aさん、と呼んだAさんの顔は誰だかわからないXさんの顔出し、Bの奴め、と呼んだBの顔は動物の顔の皮を剥いだようなYの顔だ。そうしてよく見れば鏡の中に映る自分の顔ですら、見たこともないZ氏の顔である。

コーヒーを入れることは、僕の生活の中で重要なパンクチュエーションだ。コーヒーを入れて飲んだ、というだけで、自分がずっと立派な人間、重要な人間になったような気さえする。しかし僕は、ずっと昔、いもしない姉に「少しミルク入れなさい」と言われたことが今でも気になっていて、今だに少しミルク入れてしまう。コーヒーにミルクを入れると何かいいことがあるのだろうか? 少し胃にやさしいとか、バランスがいいとかいう理由なら、全くもって無意味だ。胃と体に残酷で、酷く偏っていることが、コーヒーの利点なのだから。

またすぐどこか逃げ出してしまいそうな気がする。そうして僕の前世の一つにエジプトの猫というのがあるらしいと笹塚の路上にいた占い師から聞き出してしまったせいで、俺も俺で間もなくどこかにひょいっと逃げ出してしまいそうな気がする。とにかく今目の前に積まれた焦げたチョコレートの塊を、早く捨ててしまいたい。

洗濯をするのが酷く苦痛だ。大袈裟な表現だが文字通り苦痛である。洗濯をしている間に、一体どれだけのことができるだろう、と思うと、ちっとも身が入らない。だがしかし、洗濯をしている程度の時間では、何もできない、全く何もできないんだということも痛いほどよくわかっている。一体何がお気に召しますの? あぁ、できれば図書館の地下で封印されている魔物とか、脱獄の途中で足首の骨を折って廃屋に隠れている死刑囚とか、そういうのがお好みだね。果物で言えば、ペンギンかロシアンブルーだ。

だんだん、正体が見えてきた気がする。サーヴィス、サーヴィス。

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それでも洗濯をする。どんどん下着の数が少なくなっている気がするが、風にでも吹き飛ばされているのだろうか。記憶にある限りでは、この一年で下着を処分したことは一回しかない。気がつかないうちになくなっていってしまう。

ときどきふと、何かのはずみで、思い立ったように気違いじみた執拗さで徹底的な大掃除やら丸洗いやらを始めることがある。大抵が深夜だ。単なる深夜テンションというのとは違うんだろう。小さい頃、深夜ってのはそれだけで何か魔法めいていたし秘密の匂いがしたし、逸脱の香りがした。今の僕にとっては深夜は一番仲の良い友達よりも深い付き合いだから、深夜テンションなんて言葉では解決がつかない。

ただときどきふと、恐ろしい執拗さで、大掃除やら丸洗いやらをしたくなってしまうのは、それは習性というよりは、もっと無意識の精神活動に近いものであるような気がする。あるJ-POPシンガーが、時々ふと一人になりたくなる、一人でいられるほど強くもないのに、みたいな歌を歌っていたが、それに近いし、誰しもが時々ふと旅に出たくなったり、似合いもしないアクセサリーや使いもしないブックカバーを買いたくなってしまうのと似ているんだろう。大袈裟に言えばだ、掃除というのは逃避の一携帯である場合もあるということだ。

自分自身から逃げ出すために洗濯をするというのは馬鹿げた響きがするが、大きく外れてもいないと思う。