PLAYNOTE キャラメルボックス25周年記念公演『また逢おうと竜馬は言った』

2010年08月08日

キャラメルボックス25周年記念公演『また逢おうと竜馬は言った』

[演劇レビュー] 2010/08/08 00:59
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信じられますか、25周年だそうですよ、キャラメル。僕も今ではひねくれた芝居ばっかやってますけど、高校演劇の頃は二回に一回はキャラメルの脚本やってる超典型的なキャラメル派演劇部(俺の造語)の一員で、当時は手に入った戯曲は全部読んでたと思うし、成井さんの演劇レッスンの本とかメソッドのない我が演劇部にとっては聖典のようなものでした。今は本も増えたけど、当時は何もなかったんだよ。まじで。

そんな愛憎渦巻くキャラメルボックスの25周年記念公演ということで、関係者筋へのご挨拶も兼ねて、挑みかかるようにして観に行った。池袋サンシャイン劇場にて。

芝居の内容に触れる前に、加藤昌史氏のことについて書く。キャラメルと言えば僕の世代では、作・演出の成井豊氏はもちろん、西川さん、上川隆也、近江谷さんといったカリスマ俳優たちが憧れの的であったわけだが、加藤昌史氏もある種の衝撃であった。「演劇で劇団員を食わせる!」と言い張って実際にやっちゃったすごい人。これって多分、戦後小劇場史の中でも唯一に近い偉業なのだ。『いいこと思いついたっ!』とか、読みましたよ。紀伊国屋書店で、立ち読みで(すみません当時高校生なので勘弁して下さい)

それがもう10年近く前で、しかし今、サンシャインシアターを訪れてみると、当時と変わらない光景が広がっていてビビる。精力的な物販、客席数800を超えるサンシャイン劇場を一ヶ月間単独で埋めて地方も行っちゃう体力、サービス精神旺盛なパンフレットや前説、カーテンコール、それより何より、客席にいる演劇部員と思わしき中高生。うわぁ、すげぇ、キャラメルは現役で、それどころか、昔のファンと粘り勝ちをしてるんじゃなくて、新しい中高生を客層に取り込んでいる。これは凄いことですよ。

『また逢おうと竜馬は言った』はキャラメルボックスにとっても記念碑的な作品だったそうだが、僕にとっても馴染みの作品で、当時は雲の上だった舞台上やスタッフブース、制作会社に、年のそう変わらない、思いを同じにした演劇バカの友人知人先輩がいて、そしてキャラメルボックスの火が続いている、というのは、何だか感慨である。

しかし何より、改めて、成井豊はすごい。凄まじいおっさんだ。きっちりきっちり客席の笑いを配置して温度を温め、胸キュンを散りばめて心をくすぐり、殺陣とアクションを挿し込んで手に汗握らせ、涙ぽろぽろ流させて、いいこと言って、カッコ悪かった奴が最後にカッコよくなって。キャラメル独自に築いてきたエンターテイメントの文脈をフルに発揮しながら、50に迫る御年を思わせぬスピード感ある場面展開と、ピュアな心。あえて尊敬を込めて芸術でなく芸能の大家と呼びたい。

演技について一言。「キャラメル的だ」という形容が平気で演劇界の共通言語になるくらい、暑苦しい演技スタイルが特徴のキャラメルボックスだが、奇しくも当日パンフレットに成井豊氏がそれに関する文言を寄せていた。曰く、「台詞は相手の胸に突き刺さるように言え」と。どういうこと? 見ればわかる。俳優が、全身で、「届けこの思い!」と、身体全部使って台詞を突き刺している。お互いに、あるいは観客に。キャラメルボックスのあまりに情緒的で思いに満ちた台詞は、ぺらっと喋ると、恥ずかしい。恥ずかしい台詞だ。だが、俳優が言葉を信じ、相手役を信じ、客席を信じ、あるいは自分自身を信じて吐くと、不思議と恥ずかしい台詞にはならない。だから今回、客席から舞台を観ていて、僕はほとんど「恥ずかしい」とは思わなかった。むしろ、これだけの熱量を持って台詞を吐き舞台に生きれる俳優がどれだけいるだろうか、と考えた。これもまた、芸である。劇団がやろうとしていること、目指そうとしているものに合わせたメソッドと身体、声、心を持っている、芸人・職人たちの仕事であった。

もちろん、全体としては僕の好みではない。だけど、本気で「すげぇなこいつら」と圧倒されて帰って来た。明治座で作演をやるというのも頷けるよ。職人の仕事を見たようであった。「キャラメルは卒業した」と思っていたけれど、まだまだ学ぶところは多いようだな。