PLAYNOTE 最近考えていることなど

2010年07月03日

最近考えていることなど

[公演活動] 2010/07/03 01:50

今現在、パソコンの前に存在している俺の意識としては「腹減った」と「〇〇したい」に意識が満ち満ちていて、あぁまぁ当然疲労はしているんだけど、そちらはあんまり近い距離にいない。最近考えていることメモ。

まずは台本

まずは喉元に突き刺さったままの原稿に、きちんと引導を渡してやることが最優先なんだが、それ以外で。

身の振り方や金

お前は考えろよシリーズとしては、今後の身の振り方を大変強烈に意識している。来年の6月くらいまでやるべき仕事は溢れているので、それまではやるべきことをやるだけなんだが、劇団を再開するにあたって必要なものをいろいろ考える。

要は金なんですよ。バラすけど。劇場費の頭金および公演準備資金として、百万近く必要なんだが、誰かスポンサードしてくれませんか。どれも公演の予算に入ってるものだから、チケット及び物販収入で返済可能なものだけれど、ちょっと抵当に入れる土地とかないので、僕にはすぐには準備できないのです。こつこつ貯めてるしそれなりに対応は打っているんだが、来年の秋冬で再起するとしたら、もう手元にないと劇場は抑えられないわけで。

それ以外にも、ちょっと人生の航路が大きく振れていて、プライベートにも達成したいプロジェクトも出てきたので、もっともっと金が欲しい。だけど金は空から降ってこないので、じゃんじゃんn仕事をしなければならないと思っている。思っているが、実際には、乱発するより一作ごとに時間と情熱をしっかりかけたい。そういう誠実さを持っていると、どんどん効率が悪くなるので、やっぱり金は貯まらないが、だがそういう誠実さを失ってしまうとアーティストとして余命は短い。ふつう、ブログには絶対書かない愚痴だよね、これ。

俳優育成について

お前が考えるなよシリーズとしては、今後の俳優育成について、どうしたもんかと割とマジで考えている。劇場法が施行されれば、演劇界はそれこそ駅前再開発くらい大きく変貌するんだけど、そういう状況下でさて俳優育成をどうしたものか。2日や3日のワークショップでは、「こういう発想もあるぜ」「こういうやり方があるぜ」と紹介するだけで、育成するだけの時間はないし、公演準備の稽古にしたって、一ヶ月という期間では限度がある。そもそも、プロデュース公演や客演の場合、俳優を育てることは予算には入らないのが当然である。だけど、こうしてプロデュース公演と客演ばかりの演劇状況だと、俳優なんか育たない。ただ切り捨てていくだけになってしまう。

この辺、俳優側がもっともっと自覚的かつ戦略的であっていいんではないか、とも思う。継続的かつ長期的な努力をしている奴ってのは一見してそれとわかるものだけれど、逆に言えば「こいつやってねぇな」って言うのもぱっとわかる。そういうのがバレないようにするのも演出力だけれど、いやいやそうじゃなくて、バレるバレないじゃなくて、俳優力のベースアップが成されないと、仮に劇場法が成立して、演劇状況に追い風が吹いたとしても、あんまり先には行けないだろう。

以前誰かが、Twitterで、「作家や演出家は演劇の諸問題について結構つぶやいてるけど、俳優さんはあんまり喋らないな」みたいなことを呟いていた。俺も同感だ。もちろん、「声をかけられなければ仕事がない」という俳優の立場にしてみれば、迂闊なことを言って敵を作ったり無知を露呈したりするよりは、「ラーメン食べるなう」って言ってた方がいろいろ有利なのだろうけど、「声をかけられなければ仕事がない」というのは究極的には演出家だって劇作家だってプロデューサーだって同じことだ。どっちかって言うと俺も黙っていたいし、こないだも某所の話題で「アーティストにあまりクリエーション以外のこと、特に政治的なことなんかを発言させるべきじゃない」という話になったりもしたけど、でも「知っていること」は大事だろう。

それ以上に、自分もそういう天変地異の現場についてもっともっと知りたい。

心身相関論

僕の演技理論家としての専門は多分スタニスラフスキーおよびマイズナーをベースにしたむにゃむにゃ、であり、たぶん心身相関論とでも言うべきところなのだろうと自覚している。心理主義的リアリズムに様式的には近いのだろうが、発想の出発点がどちらかというと身体寄りで、つまり身体から演技のヒントを得ていこう、というもので、だがしかしフィジカル・シアターとかの方には全然いかない、という感じだと思う。

わけわからない説明だろうから、すっきり書くと、「テキストをベースにしたリアリズム寄りの演劇をやるが、身体や反応から演技を作るやり方」が一番近いかしらん。酔っ払って勢いで書いているから多分ちょっと語弊があるだろうけど。もちろん現場によってはケースバイケースだし、そもそも一ヶ月の稽古期間で演技論の「そもそも」から初めている時間はないのだけれど。

最近気になったトピックとしては、サッカーワールドカップが盛り上がる中で、スポーツ心理学とかの話題をちらちら聞いたんだ。そこら辺をつっつくと、面白い法則やメソッドがいくつか発見できる気がしている。岡田監督が禅寺で修行してたなんてエピソードをこないだニュースで紹介していたが、彼は他にも心理的・精神的なことに関しても一家言あるのだろうし、気になる。

以下、俺のTwitterから抜粋・引用。

岡田監督と精神科医・香山リカの対談。変性意識「フロー」「イン・ザ・ゾーン」の話が面白い。演劇でもよくある一種のトランス状態。 asahi.com(朝日新聞社):対談 岡田監督×香山リカ 無心の感覚求めて - サッカーワールドカップ http://bit.ly/daIXDf

フロー(英語:Flow )とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。 - http://bit.ly/b8UAnb

「フロー」の構成要素を検証してみると、どれも俳優がスタニスラフスキーが言うところの「われあり」の状態に到達するために必要とするものであることに気づく。演劇とスポーツ、あるいは執筆、宗教、ダンス、セックス、その他もろもろ、何でも一緒くたにしちゃうのは乱暴だが、共通要素は多い。

これもメモ。「(インナー・ゲームに勝つためには)意識を「現在、この場所で起こっている事態」に集中することが重要であるとされる」。 - インナーゲーム - Wikipedia http://bit.ly/9y3MAU

脳科学の発展にも期待するが、それ以前に、東洋哲学的なものや、スポーツ心理学のジャンルから、もっと演劇に輸入できる考え方やテクニックがあると思う。……今の僕の場合、どっちかと言えば執筆に役立つトランス状態を手に入れるための研究になっているけど、やがては演技論に組み込めそうだ。

「……「今という瞬間に完全に注意を集中する」ということである。何をしていても「今・ここの自分」に気づいていく。」 - ヴィパッサナー瞑想 - Wikipedia http://bit.ly/admXT8

ほとんどスタニスラフスキー系列の演出理論家と重なることばっかり言ってるんだ。重なり過ぎていて、気持ち悪いくらいなんだ。じっくり調べてみたいんだが、そんな時間ないんだ。時間くれ。

その他演劇がらみだと

先日、ある人々と話していて、東浩紀のお話になり、久々に『動物化するポストモダン』を始めとして本棚に眠っていた本を寝る前とかにちょいちょい拾い読みで読み返していたんだが、そこで言われている「データベースとシミュラークル」や「データベース消費」「動物の時代」という語彙や概念を用いて、同世代の演劇を評論するとあれこれ面白い、ということに気づいた。小劇場だけじゃなくて大劇場や商業演劇、歌舞伎も含めた上で、東浩紀の指摘をベースに読み解いてみると、現代演劇が「こーゆーこと」になってるのが一まずはぽんとわかる気がする。

だけどもちろんそれは人の褌で相撲を取るような話で、オリジナリティのかけらもないので、さらに押し広めたところまで話を持って行ってみたらさぞ面白かろう、と思うのだが、うん、もちろんやりません。時間ねーし、そもそも、あんまりクリエーターが批評めいたことやり出すと色々歪んでくるものだし。

あとは、英語の戯曲をもっともっと読みたい。最近必要に駆られて読んだ数冊がどれも面白く、しかも現在抱えている原稿に着想を与えるものだったんだが、そりゃ当然だよ。もともと俺、そういう人だもの。最近、忙しさにかまけて全然勉強できてないから、真面目にそろそろあれこれ読みたい。

あとは出版予定の小説に早く取り掛かりたい。まだちょっと準備が必要なんだけど、他の優先すべき仕事をしているうちに材料は揃ったって感じなので、早く時間が欲しい。

なんだ、結局、備忘録のつもりで書き始めたけど、単に「時間がねー」って愚痴じゃねーか。僕が50までまともに生きるとして、もう半分以上折り返してしまっているので、いかに時間を作るかってことを考えなきゃな。

でも温泉も行きたい。だけど温泉には行かない方がいいかもしれない。あとリス園とか行きたい。でもリス園には行かない方がいいかもしれない。難しいところだ。

コメント

投稿者:通りすがり (2010年07月04日 20:37)

演劇ファン、そして谷賢一ファンです。

100万円…事業の投資としては決して高いわけではない金額で思い通りの活動ができない。
なんて悲しい現実でしょう。こーゆー理由で日の目を見なかった才能は小劇場に溢れているのでしょうか。
考えてみれば、過去公演の実績を上げれば入場料によって回収できることは確実で、実に優良な担保と言えるわけです。ならば「小劇場ファンド」というのがあっても良いのではないでしょうか。
返済時に多少の利息をつけることにより、公演準備金を融資する。もちろん事前審査は必要ですが。

正直、百万円ぽっちで左右されるというのは悲しすぎます。
それでは趣味だ。
まがりなりにも仕事、事業だと言うのなら決して高額ではない。

投稿者:Kenichi Tani (2010年07月07日 22:28)

もちろん仕事だと思ってやっています。んだが、なかなかどうして、大企業にとっての100万円と、零細企業にとっての100万円は違うだろうし、小劇場界にいる劇団は例外なく零細以下の経営基盤しかないですよ。家が金持ちとかいう一部の例外は除くとして……。

ただ、演劇公演をやりながら常に100万円以上の劇団費を維持していく、というのは実質不可能かと思われます。やってる劇団あれば聞きたいですね。

こんなエントリーまできちんと読んで頂いてありがとうございます。で、「通りすがり」さんのような発想の方から、事実、資金提供のお申し出も頂いております。企画書予算書お渡しして、「事前審査」してもらうつもりでいます。こんなエントリーも、書いてみるものですね。