PLAYNOTE 強めのお酒

2010年05月09日

強めのお酒

[雑記・メモ] 2010/05/09 00:04

帰ってきていきなり、強めのお酒を飲んでいる。まだまだ今日は書かなきゃいけないから飲んでちゃいけないのだが、ごめん、ちょっとだけ酔っ払わせて。

どこをどう歩いて家についたのだかわからないが、まぁとにかく家についたというのは、なかなかある経験ではあるまい。月が出ていたかどうかもよくわからない。ただ、煙草が不味いな、と感じたことだけ覚えている。僕の場合、本当にうまいなと思う煙草を吸う瞬間はほとんどなくて、不味い不味いと思いながら毒素を延々呑み続けているのだが、だけど「不味い」って感覚があるだけマシじゃないか? マシなのだろう。少なくとも、口の中が空っぽであり続けることに比べたら、断然マシだ。

不味いものを口いっぱいに頬張り続けて生きている人間がいたとして、彼がある日突然お口の中を綺麗さっぱりお掃除してさ、ショートケーキでもカンパチの刺身でも食べた場合、だけど彼は「美味しい」と思えない。世間でいう精神障害の一種に、特に虐待児童なんかに、誰かに優しくされると逆に居心地が悪くって、相手に悪態をつき、唾を引っ掛け、ド迷惑をかけて全部オジャンにする、という類のものがある。呼び名は忘れた。そういう心理って、ドキュメンタリーとかで見て「わかるわかる」「可哀想」と思っても、身近にいたらそうそう許容できるものじゃない。「死んじゃえ」みたいに思っちゃうのが逆に人間らしかったりする。

今日はトラムで俺×三島リーディングの最終日であったが、もうすでによく覚えていない。柴くんの『ポンコツ車と五人の紳士』が大変面白くて、客席最前列で観ていた俺は、有り難くも彼と同じ舞台に上げてもらった自分という過ぎた僥倖に愉快さを感じていたはずなのだが、そういうものもどっか飛んでいってしまった。終演後、隣に座っていた年上ぽい男性に話し掛けられ、「他の人の作品も全部ご覧になるんですね」なんて敬語を使われたときに、「あぁ自分そんなご大層な人間じゃございません、ボロ靴下とかヘドロ飴とかそれ以下です」みたいな強烈なへり下り感を覚えたものだが、それは謙虚さというよりは、何て言うか、申し訳なさみたいなものなんだろう。

ハタチの頃から24くらいまで、「No Beer No Life」を標榜に生きてきた私です。気取ったことを言ったものだ。曰くビールは黄金の水であり、全世界の六割の人口を支える麦からできた快楽の酒であり、豊穣の象徴であると同時に演劇の神さま・ディオニュソスの愛した酒である(ぶどう酒だけじゃないんだよ)。曰く、ビールの苦味は人生の苦味。曰く、どんなに一人ぼっちでも、ビールだけはいつでも自分の傍にいてくれる。今思えばそんな大層なことではない。酔っ払っていなければ、自分のバランス感覚の悪さにびっくり仰天して、生きていけないというだけだったのだ。