PLAYNOTE ジャック・ケッチャム『地下室の箱』

2010年03月31日

ジャック・ケッチャム『地下室の箱』

[読書] 2010/03/31 14:50

本を読むのが早いんです、すみません。本を読むのが仕事みたいなものなんです、すみません。

ジャック・ケッチャムはあと2冊くらいで完全制覇かな。「あの『隣の家の少女』の悪夢が再び甦る」という煽りに激しく期待して購入。

評点は50点というところかしら。ジャック・ケッチャムの中では一番つまらなかった。

あらためて気づいたことだが、ジャック・ケッチャムの描く女性像はあんまりパターンが多くない。もしかしたらワンパターンしかないのかもしれない。本作の主人公であるサラはその典型例。自分の芯というものがしっかりあって、自立しており、だが恋愛には流されてしまって、しかし逆境にはくじけない。アメリカ女性の典型なのかもしれない、確かにこういう奴は洋画によくでてくる。

『隣の家の少女』との決定的な差は、物語が勧善懲悪化してしまっているところだと思う。『隣の家の少女』においては、虐待する側にですら感情移入できたし、それがあの小説の恐ろしいところだった。確かに残虐描写も素晴らしい尖り方だったが、それよりも、あんな虐待をしてしまう人間に感情移入できてしまう自分、というのに、私は戦慄する。

残虐描写も『隣の家の少女』の方が上かな。もっとも、そんなものはケッチャム作品においてあまり大きな価値を持っていないのだけれど。

唯一面白かった人物造形は、サラを監禁するスティーブンという男の妻であるキャス。彼女は監禁に積極的ではない。だが、サラを与えておけばスティーブンの異常な性欲が自分に向くことはないのだし、スティーブンの喜ぶことを許してやることが、ひいては自分が愛されることに繋がるのだ、と考えている。この時点で人間的魅力に富んだ登場人物だが、さらにキャスが誤ってサラを愛し始めてしまう、というところは実に面白い。2人の距離を縮めたのは結局は性欲だったが、ケッチャムはそこのところを隠そうとしないから面白いのだ。

監禁の仕方も面白かったし、小道具の使い方もうまかった、スティーブンらがサラを洗脳しようとして取る手段もGoodである、と考えると、さほど悪い小説ではないのだろうが、一度ケッチャムの本領発揮を見てしまっているから、やはりどこか物足りない感じは拭い去れないのだ。