PLAYNOTE 永遠の隙間を塗り潰す色鉛筆

2010年03月30日

永遠の隙間を塗り潰す色鉛筆

[雑記・メモ] 2010/03/30 04:35

瓶詰めされた幸福のペーストを、繰り返し繰り返しバケットに塗って食べるのに飽き飽きしちまったファニー・シェーンは、裏口のドアを開けて家人に気づかれずちょっとした旅に出掛けたってわけさ。

彼女には指が7本しかない。生まれたときからそうだった。だから彼女は7本の爪を虹の一つ一つの色で塗り潰した。ドアを開けるのにはとても苦労するけれど、10なんてハンパな数に縛られない、7という神秘的な数字によって形成されている自分の両手を、彼女は何より大事にしていた。

そいつが段々と重荷になり始めたのは、彼女が19歳になった頃。キャンパスでもひときわ美人のファニー・シェーンのところには、エサに群がる公園の鳩みたく、男が次々押し寄せた。彼女はいわゆるキャンパス・ライフを思いっ切り味わった、セックスと映画と甘いデザートのプールを永遠と泳ぎ続けた、パーフェクトな浪費、満ち足りた無駄、マラプロピ、マラプロピ。

どうしても赤い手帳が欲しかっただけなんだ。ただ、夕焼けが綺麗なんて言ってられるのはせいぜいが午後の6時までで、彼女が住んでいるニュー・ヘイトレッドって街では日の長い季節でも7時を過ぎた街の景色はぞっとするものだった。

シェーンは大学も卒業したのだから外に出て遊ぶのをやめて、色鉛筆で本の余白を塗り潰す仕事に就いた。雑誌、新聞、犯罪白書、通販カタログ、お料理のレシピ、地図帳、ペーパーバック・ノベル、何でもかでも彼女は塗り潰す。一度絵の具を爪に乗せて、そいつで余白を引っ掻くんだ。

ファニー・シェーンは段々と気が触れていって、今じゃニンジンとペンシル・キャップの区別もつかない。街に大統領を乗せた黒いリムジンが滑り込んできたのを見たときなんか、大きな棺桶がやってきて市民みんなを閉じ込めちゃうんだ、と、街中の人に知らせて回った。そのとき彼女が公衆電話の電話帳を使って手当たり次第に電話をかけたものだから、ニュー・ヘイトレッドの電話ボックスには今じゃ電話帳は1冊も置かれてない。

30を過ぎた今だって、もぎたてのリンゴやトマトみたくつやつやしている彼女の肌を吸いに、男はいくらでも寄ってくる。だけど二晩以上彼女のベッドに潜り込む男はいない。吸い付くような彼女とのセックスが終わり、男が煙草でも吹かしている頃、シェーンは腹の上を精液で汚したままつぶやきだすんだ。色鉛筆がなくなってしまった世界の惨状について。子供は黒い線だけで描かれた塗り絵用の絵本を渡される。だけど、色鉛筆はもうないんだから、子供たちはずっと真っ白いページを繰ってそれに我慢しなけりゃならない。色鉛筆は消滅してしまった。

「わたし、わたし、今日だって明日だって、見えないものなんかひとつもないのだから」
「わたし、わたし、指が生えてきた」

残りの3本が生えてきてしまった。だけど、ファニー・シェーンは何色を塗っていいのか、わからない。色のない爪は何のために存在しているのか? 価値なんかないのだ。さっさと切り落としてミキサーにでも突っ込んでドロドロに溶かしてしまうか、デートに出掛けたら走行中の助手席から手を出して、コンクリートで擦り潰してしまえばいいのだ。だけど、なぜだか、包丁もコンクリートの壁も、彼女の新しい指を削ってくれない。

そんな女は殺してしまえばいいのだろうと私は思うよ。私もそれに完全に同意することを表明せざるを得ないようだね。狂ってしまった時計は時計屋に、壊れてしまった車は車屋に、でも人間なら殺すしかないというのが私の意見であります。市長と、警察署長と、代議士と、みんなの意見が揃ったので、さぁファニー・シェーンを捕まえて、公園の真ん中でみじん切りにしちまおうぜとなった日の翌朝、彼女はそっと家を出てしまって、そしてもう二度と帰らない。

彼女はこれからは、ジャガイモを集めて暮らすようだ。