PLAYNOTE ジャック・ケッチャム『オンリー・チャイルド』

2010年03月10日

ジャック・ケッチャム『オンリー・チャイルド』

[読書] 2010/03/10 12:37

まだ存命中の小説家では、僕の最大のお気に入り。彼のペンは深くえぐる、人間の暗部を、なんて言ってもまだ足りない。人間の残酷さを、と言っても生温い。人間という皮袋の中に詰まった、臓物の臭いを、動物的な野蛮さを、そして、人間のどうしようもない弱さを。

アーサーとリディア。二人が出会わなければ、こんなことには…。1953年、アーサーはこの世に生を受けた。母親からの虐待を受けながら育ったアーサーは、狡猾な悪ガキへと成長していった。大人になってからも、アーサーは邪悪な感情を秘めたままだった。その後、内気な女性リディアと知り合い、彼女は不安を残しつつもアーサーと結婚。だが、彼は変態セックスを強要したり、しだいに凶暴な性格を表していく。抑圧された日常の中、彼女は一人息子ロバートに愛情を注ぐが、ロバートもまた奇妙な動作や習癖を見せ始める―。

以下ネタバレ。

シリアル・キラー(連続殺人鬼)の話である。主人公はリディアという聡明で勇敢な女性だが、再婚相手を間違えた。間違えたのも仕方のないことだ、アーサーは、街の名士で資産もあり、教養も学歴もあり、そして、ハンサムで人当たりのいい人物だ。日本語に「面の皮が厚い」という言葉があるが、面の皮では足りない、全身の皮膚が分厚くて、隠してしまうのだ。その白く綺麗な肌の下に詰まった、腐臭だらけの腐った臓物を。

アーサーはリディアとの間に生まれた一人息子・ロバート、まだ小学校低学年ほどの年頃の息子を、レイプする。「誰かに話せば母親を殺す」と脅して、肛門性交を繰り返す。それだけでは飽き足らず、自分の経営するレストランを訪れ、そしてまんまと彼のウィットとスマイルに魅了されてのこのこついてくる若い女たちを次々レイプする。まず両手に五寸釘を打ち込んで木の幹に張り付け、ヴァギナ、アナル、オーラルを何度も何度も犯し尽くした後、ナイフで尖らせた木の枝で体を打ち、心臓を貫く。陵辱し尽くし、惨殺し尽くすのだ。

という筋書きを聞くと、ただのホラー小説、サスペンス小説と思われるかもしれないが、僕にはジャック・ケッチャムの作品はまごうことなき純文学に見える。今、作家に課された仕事とは、社会の巨悪を筆で撃つことでも、ロマンチックな冒険譚を提供することでも、社会的弱者の生活をリアルにすくいとることでもなく、現代に生きる人間たちの心根に巣食う闇を、闇の側から書くことなのだ。

こういう殺人者を前にすると、私たちは「どうしたらこんなことができるのか、わからない」「理解できない」としきりに口にして、「私は関係ない」「私は大丈夫」と聞かれてもいないのに周囲へアピールする。凶悪犯罪者は自分たちとは違う人種である、いや、人種どころかもはや彼らは人間ではない、と断じることで、「自分は大丈夫」「自分たちは大丈夫」と思い込もうとする。その発想が、まずいけない。彼らは鬼畜であり羅刹であるが、人間なのだ。人間は、ちょっと故障しただけで、すぐ鬼畜にも羅刹にもなってしまう脆い存在なのだ。

本作においては、まだ一才にも満たないアーサーがルースという母親に折檻されている描写から始まる。折檻の描写がすごい。夜泣きがやまないから、ルースはアーサーを両足で掴み、宙吊りにして水の流れている便器の中に沈めるのだ。アーサーは以降もルースから折檻を受けて育つ。アーサーは最初から悪魔として生まれたのではない、アーサーを悪魔にしたのは遺伝ではなく記憶、それも刷り込みレベルの古い古い記憶なのだ。壊れてしまったアーサーは坂道を転がるように道を踏み外していく。

ならばルースは悪魔だったのか、と言えば、そこは是非実際に本書を手にとって読んでみてもらいたいが、ルースですら悪魔だったとは僕には言えない。我が子を逆さ釣りにして便器に突っ込むという虐待ですら、慣れない子育てに疲れ切ったルースの咄嗟の過ちであり、その後の折檻は─作中に描写はないが恐らく─ルース自身が彼女の親から学んだものだろう。

ケッチャムは、なぜ人の心は歪んでしまうのか、ということを徹底して書き続けている素晴らしい作家だ。彼の作品には悪魔と呼んでもまだ足りないような人間がごろごろ出て来るが、そのどいつもただの悪魔ではなく、この世界で生き延びるために悪魔にならざるを得なかった弱い人間たちだ。彼らは強いから殺すのではない、弱いから殺すのである。

ただし、犯罪者に同情的と言うわけでもない。アーサーの最後は哀れな最後だ。ケッチャムは非情である。ただし、ケッチャムは生存者に対しても非情である。鬼畜の夫を討ったはずの勇敢な妻・リディアは、息子との幸せな生活を勝ち得るどころか、どうやっても息子に会えない境遇に陥れられる。生き延びた息子・ロバートは父親の凶行からは逃げおおせたが、もう一人の悪魔と一緒に暮らすことになる。この辺の筋の運び方は実に上手いので、ぜひ実際に手にとって読んでもらいたい。

つまりケッチャムはこう言っているように思える。生きることは死ぬよりも苦しく、まともでいることは狂ってしまうよりつらい。だが、人間は生きなければならない、しかも、まともに。

刑事モノの犯罪小説を読んでいるようで、法廷での論戦にも迫力があるし、徐々に全貌が明らかになっていく展開のさせ方は推理小説に近い興奮を味わえる。きっちりエンターテイメントしてるのもケッチャムのすごいところだ。

ところでこのアーサーという人物は、元祖シリアル・キラーとして名高いテッド・バンディを思わせる。バンディも頭脳明晰にして容姿端麗、周囲の信望厚い人物であり、大学生くらいの年頃の女性たちを次々殺した。また、ルースという名は『隣の家の少女』のアイツを思い起こさせる。ルースという名前に恨みでもあるのか? 下衆の勘ぐりだが。

相変わらずの最悪読後感。もしケッチャム未体験なら、是非挑戦してみて下さい。