PLAYNOTE 平田オリザ『芸術立国論』

2010年03月07日

平田オリザ『芸術立国論』

[読書] 2010/03/07 21:59

春から僕も青年団員なので読んだ。も、もちろん面接の前には読んでいたんだからねっ!

芸術(本著では主に演劇)に対する公的助成を考える上で絶対出てくるクエスチョン、「なんで演劇なんか必要なの?」という声に対し、本著では「公共性」という言葉を軸に徹底して答えようとしている。助成金が欲しい劇団主宰や制作者だけでなく、演劇やってる人間たちみんなが一度は目を通すべき、挑発的な一冊であった。

特に印象深いのが、「演劇いらなくね?」って問いに対して、敢然と「いる」と反論し続けているその姿勢。「言うても演劇なんかなくなったって、人とか死なないし」というよくある問題定義に対して、「いや死ぬ」と答えている点。

※ここから先は、オリザさんの書いていたことを自分なりに解釈・加筆してのことなので、正確な内容はきちんと原著読んで下さい。

まず、憲法で保障されている「最低限の文化的な生活」という文言を考えたとき、都市部の人間、しかもある程度富裕な層だけが多様な芸術に触れられる、というのはもはや憲法違反だ、という反論が刺激的。確かに地方都市に住んでいて病院がなかったり学校行けなかったりしたら「それはおかしい、格差だ」となるところを、芸術だとみんな何だか黙っちゃう、というのは、民度が低いと言うのは暴論、むしろこの国の芸術格差というものが開きすぎているからであると言える。

また、交通事故死の数が1万7000件近くを記録して以来、せっせと交通安全のために政府は歩道橋作ったり安全教室開いたりしてその数を減らそうとしてきた。それは人の命を守るためであると同時に、当時の日本の根幹産業であった自動車産業を守るためであったとも言えるだろうが、同じことが芸術一般でも言える。年間3万人を超える自殺者や崩壊する地域社会、希薄化する「コミュ力」などの問題に対し、政府は効果的な施策を行えていない。芸術鑑賞や芸術教育は、空洞化していく心やコミュニケーション、人間理解を助ける、進める、考え直せる場になるんだろう。

演劇業界の人間なんて、多い多いと言っても一握り。つまり、一人一人が演劇業界の代表者として発言する機会があり得るということだ。身近な人から「演劇いらなくね?」と言われたときに、「まぁ、そうだねぇ」とか「私は好きなだけだから」なんてぬるぽな答えを返したら、あなたの/私の身の回りの数人から数十人が「やっぱイラネ」ってなっちゃうわけで。

意外とね、どうやったら演劇はもっと社会とうまくつきあえるだろうか、っていう問題は、社会に対してアプローチするだけじゃなくて、演劇業界内での啓蒙運動の方が大事な気がしているんだ、最近。でも僕が芸術振興について云々語っても、時間もないし、経験値もまだまだだし、だからとりあえずこの本は読んでおいて損はない、そう言いたいのだよ。割と僕はこの本読んで、演劇は必要だ、ってことを、声を大にして言おうって気になったんだ。