PLAYNOTE 阿佐ヶ谷スパイダース『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』

2010年02月10日

阿佐ヶ谷スパイダース『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』

[演劇レビュー] 2010/02/10 00:28

イギリス留学から帰国した長塚圭史がぶっちぎってくれました。2/14まで、本多劇場にて。

久々に芝居の感想を書く。

阿佐ヶ谷スパイダースと言えば、コミカルなキャラクターやポップなギャグを散りばめつつもスプラッタな展開やグロテスクな心理描写を折り入れ、かつ長塚氏の知性とセンスを感じさせる幅広い作風でそりゃあもう誰にでもオススメできる俺の一番お気に入り劇団であったのだが、今回は完全に通好み、だが演劇的であり革新的であるという点において言えば過去に類を見ない一歩をがっちり踏み締めた怪作であった。

一言で言って、ポップ・アーティストが前衛芸術家に変わる瞬間を目撃しているようだった。例えばビートルズがシンプルなロックの前期から音への実験と挑戦に満ちた中期へ映る瞬間や、もともと大衆的なミュージカルの演出家であったピーター・ブルックが先鋭的で魔術的とすら言える演出をし始めた瞬間、そういうのを観ているようであった。

以前長塚圭史は「物語の力を信じたい」みたいなことをよく言っていて、当時は僕も「うんうん、そうだよなぁ」なんて頷いていたんだけど、もう今回は物語を解体して、演劇である興奮や演劇である確かさに軸足を置いて演出のみならず脚本まで作られていたように思う。

主客が転倒し続ける物語構成は、観ていてぶっちゃけ、すごい疲れる。主体・客体が入れ替わるだけでなく、時間軸も現在過去未来へとブレまくり、どこが定点なんだかさっぱりわからない。場所まであっという間に飛躍する。ただ、それでも俺が興味と興奮を持ってこの作品を観ていられたのは、俳優の身体という絶対的なツールを通して演劇の確実性が、現前するリアリティが感じられたからだろう。我々は物語に引っ張られて演劇を観ているのではなくて、俳優の現前する身体に引っ張られて演劇を観ているのだ、ということを、感じたよ。

かなり気持ちの悪い話で、それも以前のようなチェンソーで足をぶった切ったり友達のカーチャンを犯したり死体を冷蔵庫に詰めたり十字架に貼り付けになったりゾンビぞろぞろ出てきたり汚染物質食いまくったり、という気持ちの悪さではなく、視点・時間・空間がズレまくることによる不安定さがドンドコ気持ち悪かった。場転や照明の使い方も鮮やか。暗めにデザインされ灯体の数を絞った明かりの雰囲気はどことなくロンドンで観た舞台の空気を思い出させてくれた。いい明かりだったな。

素舞台に人がいるだけ、という緊張感。こいつを愉しめる人と愉しめない人では、この作品の受け止め方が随分違うだろう。僕は愉しめたが、誰でもそうだとは思わないし、長塚フリークな僕でもこれをもって最高傑作とは思わない。ただ、めきめき脱皮している姿を見て、感動しているし、この萌芽がこの先どんどん伸びていくと、とんでもない作品が現出しそうである。今まではどちらかというと作家としての評価が高かったように思うが、演出家としてこれだけのことをやり始めると、先が怖いし楽しみである。

演劇人に観て欲しい、と思う一作であった。長塚圭史ほどの地歩を築いた人がこれだけ「演劇って何だ-!」って実験してんだからよ、大して面白くもない日常会話垂れ流してちょっとうまいこと言って悦に入ってるようなリアリズム未満かつ現代口語演劇未満な作品群を作っている連中は、皆殺しにしていいと思う。死にたくなかったら、演劇屋どもは、俺も含めて、「演劇って何だ-!」って考え続けなきゃいけない。演劇は、物語を乗っけるお皿じゃない、それ自体が料理であり素材なのだ。

コメント

投稿者:通りすがりの観客 (2010年02月10日 01:16)

>演劇は、物語を乗っけるお皿じゃない、それ自体が料理であり素材なのだ。

でも僕は、物語が観たいと思う観客なのです…。

その意味で谷さんのこないだの犬も自分的には残念でした。

谷さんがおっしゃってる事の意味も理解出来ますし、そういう演劇も全く否定しませんが、それ以外の演劇が滅亡したら物語を求めて劇場へ通う客は何を観ればよいのでしょうか…?

今回のアサスパもやはり僕には残念だったんですが。以前の作品の方が好きでしたし、今後は行かないかもしれません…。

投稿者:Kenichi Tani (2010年02月10日 01:25)

演劇的な実験に満ちていながら、きちんと物語も乗っけている、そういう演劇もありますし、僕ら、少なくとも僕はそこを目指して歩いています。自分の1つの理想はサイモン・マクバーニーの『Measure for Measure』や『春琴』です。この2つは、演劇的な実験に満ちていながら、物語の骨が図太かった。いいお芝居でしたよ。長塚さんも元々ポップで稀代のストーリーテラーですから、手法上の実験を散々やったら物語性の強い舞台をまた手掛けるだろうと個人的には注目しています。

『犬』残念とは、僕も残念ですが、5月末のジェットラグや10月上演予定で現在執筆中の台本はかなり物語寄りの作品になります。是非またそちらにお越し下さいませ。

物語だけじゃアカン、というのは、演劇人としての危機意識ですね。「DVDでいーじゃん、それ!」って舞台が多過ぎるので。