PLAYNOTE そして2009年を振り返る俺

2009年12月14日

そして2009年を振り返る俺

2009/12/14 02:52

『プルーフ/証明(Reprise)』、昼夜ともに一杯のお運び、ありがとうございました。

終わった。やっと終わった。苦しかった、今でも苦しい、大きな岩に敷き潰されて身動きが取れず、両手の指という指をハンマーで打ち砕かれ、内臓は腐食し、脳味噌は重油かヘドロで浸潤され、心臓は数え切れない無数の銃痕に打ち抜かれて、僕はもうほとんど去年の自分とは別の人間に変わってしまった。だが27歳という不吉な年齢はまだあと半年残っている。この先どんな責め苦が僕を待っていることだろう?

そういう強烈にネガディブな未来像を抱いているからこそ、俺は言わなければならない。お前ら全員後悔させてやるからな。そして2009年を振り返る俺。

今年は柏市民劇場CoTiKの『源氏物語』脚本・演出からスタートした。もう遠い過去の話だ。苦労したのを覚えている。ほとんど俺のキャリアから忘れ去られている感すらある市民劇だが、あれは、作家としても演出家としても、そして演劇人としてもいい仕事であったと思う。元国語教師の某観劇マニアや源氏物語にも通暁する先輩俳優からもいい評価を頂いたが、よく戦った。

3月には15 minutes made vol.5に『15分しかないの』で参加。俺にとって今年一番価値のあった公演の1つである。三人一役というワン・アイディアでスタートした作品ながら、空間性を大事にし俳優を支配する演出のやり方も、俺自身の個人史をリミックスした内容的にも、やっておかなければならなかった作品だ。出会いとしても青☆組吉田小夏嬢や俺版『プルーフ/証明』にて最高のクレアを演じた木下祐子嬢やMrs.fictions今村氏や様々重要な人物に出会った。そして、堀奈津美を実に上手く使った公演であった。

4月末~5月にかけて上演した『ショート7』。作家・谷賢一の在庫一掃セールであり、DULL-COLOREDでありPOPでもある異色の新作・飲尿ミュージカル『エリクシールの味わい』をやれたという意味においても、やっておいてよかった公演である。初絡みとなったが今後是非またご一緒したいと思えるニュー俳優、堀越涼、岡田あがさ、佐野功、堀川炎らとの出会いも印象的である。ある意味とてもDULL-COLORED POPらしい公演であったが、こういう舞台はもうやれそうにない。

8月にはモリエール進出『マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人』。死ぬ前に必ず思い出すであろう戯曲である。上演してよかったが、こんなもん執筆しなけりゃよかったというアンビバレントな磨り減り方をした1本であった。よく書けたもんだ。確かこれを書いたのは6月から7月にかけてだった。身辺上の問題に心身ともにボコボコにされながら、よくパソコンに向かった、そんな俺を褒め称えたい。そして、二人目のマリー、フランスが生んだ快楽殺人の典型例にしてファム・ファタールの好例、ブランヴィリエ。ご冥福を。あなたの呪いに今でも僕は苦しみ続けています。エレーヌという登場人物、フランソワーズという登場人物、あの二人の経験と変化が、今年の僕を象徴しているように思う。欠点もたくさんあるが、美点も多くある戯曲であった。

10月。俺版『プルーフ/証明』の上演、そして、サラ・ケイン『4.48サイコシス』の翻案である『心が目を覚ます瞬間』。今年の僕の最大の仕事は、『心が目を覚ます瞬間』か『15分しかないの』であったように思う。自分のスタイルを最も逸脱した2作。『プルーフ/証明』は確認作業と精算作業であった。そして、演劇の根源的な力を確認するための儀式であった。この2つがやれたのだから、俺はもう怖いものなんかないはずなんだ。

『4.48サイコシス』は自殺へと傾斜する精神状態を延々とえぐった戯曲であり、当時不眠とアルコールの過剰摂取に苦しまされ心療内科に通い慣れない独り暮らしに困惑していた自分にとって、対面するにはシビアな作品だった。サラがくれた指輪(舞台上に落ちていたのだ)は、今も俺の右手の薬指に収まっている。死の作家と婚姻し、左手には思い出が並んでいる。

12月、『プルーフ/証明』の再演。いい出来であったし、評判もとてもよいが、自分は再演には向かない人間なのだなということも思い知った。新しいものが作りたい。

こうして僕の2009年は終わった。年内にはやらなければならない仕事が山積しているが、俺の個人史としてはこれにて2009年は終了、あけましておめでとうございますだ。

まずは依頼されている長編戯曲を書き上げなければならない。来年10月にサンモールスタジオで上演される予定のものだが、テーマ的にもスケール的にも自分にとって酷く重要な作品になると思う。慎重になってしまっている自分をせせら笑う。書くことを楽しまなければならない。

来年へ向けてのプロット出し、企画出しも2本ほどあるし、年内に書き上げてしまいたい原稿が1本ある。さらに、来年2月にやる俺の個人企画の執筆準備も進めなければならない。来年4月上演の2作品に関する下準備、キャスティング、オファー等々も必要だし、読まなければならないものがたくさんある。

目下、最も重要なのは、来年10月と5月の2本だが、どちらも少々煮詰まり気味だ。僕はもう書きたいことなんか一つもないような気さえしている。かと言って脚本と演出の他にやれることなんて一つもない。この2つに関しては下手な仕事はしない自信はあるが、この2つをやるには今の自分は不健康すぎる。今日は昼過ぎに胃の内容物を全部戻した。そして新たな密約を結び、誰も知らない秘密を1つ増やし、そしてプロットにまた首を絞められながら、細くなった気道を無理矢理にこじ開けて安いウイスキーを飲み続けている。

自殺をする勇気もエネルギーもないから、病気でも事故でもやってきてさっさとお陀仏できないか、とか、テロリストになって東京を混乱に陥れてやりたいとか、あるいはどこか遠い国にいって焼き立てのパンの香りのする動物たちと平和に暮らしたいとか、そんなことばかり考えている。新しく始めた独り暮らしは始めは旅行のようでいい気分転換になったし、狭くともこの空間は俺のものだという力を感じたものだったが、今ではこの六畳一間に閉じ込められているような気分がして、ゴミと排泄物を撒き散らすような生活を続けている。そう、今こうして書き殴っていることも、ゴミか排泄物か、そんなものだ。

こうして自分の内に内に気持ちが向いているということは、あんまりよくない状態ではある。だからあえて外へ向けて思考を飛ばしてみようか。例えば、この先の演劇の未来について。

来年は世田谷パブリックシアター主催のリーディング企画に演出家として呼ばれている。俺と、中屋敷くんと、柴くんという20代の演出家が揃い踏む。僕は日本語のリリック、独白の詩情性、あるいは音そのものにとても興味があるし、中屋敷くんの言語感覚、リズム感覚は大したものだ、柴くんがやっている演劇とラップとミュージカルの中間のようなビート感も素晴らしい。今、現代口語演劇の2000年代が終わり、この先、音の演劇という時代が始まればいいな、と俺はぼんやり考えている。だが、そんな俺自身が、今、ポエムを書けない状況にいるという皮肉。新しい興奮が欲しい。

寝不足で死にそうになったと思った翌日には、不眠できりきりと精神が痛めつけられている。この部屋の天井をボールルームにして緑色の小人たちがダンスを始める夜明けはそう遠くないかもしれないし、遠くないといいなと思う。今イタリアに行っているアキラという友人のことが、俺はとても好きだ。僕を周囲で支えてくれている人たち、名前は出せないがそういう人たちのことも、俺はとても好きだ。だから、自分は自分を好きになれるはずである。

あまり好きではなかった台詞を引用して終わる。サラが書いたものだ。何の意味もない言葉だ。だから彼女は死んでしまったのだ。深夜三時に書く言葉になんて何の意味もない。俺にとっての四時四八分を探さなければならない。伏せ字と暗号で日記を書かなければならないのがもどかしいが、誰も読まないノートにただ書き続けるほど、俺は書くことが好きではないのかもしれない。

K 僕たちは、医者と患者だ。いい関係が築けてるよ。医者と患者としてね。……君の苦しみはよくわかる、でも君の人生を受け止めてやれるだけの余裕は、僕にはない。……すぐよくなるよ。君は強い。必ずよくなる。まず、自分自身を好きになることだよ。自分で自分を愛せないような人間を、他人が好きになるはずがないだろう? 自分を愛せない人間は、誰からも愛されない。でも、僕は君のことが好きだ。だから、君も、君を愛せるはずだ。つまり、君はすぐよくなるってことだ。