PLAYNOTE ラース・フォン・トリアー監督『奇跡の海』

2009年12月06日

ラース・フォン・トリアー監督『奇跡の海』

[映画・美術など] 2009/12/06 00:41

僕の愛する映画監督、なんて思っておきながら、まだ全作は見切っていないんだけれど、ラース・フォン・トリアーの傑作だというので観た。

黒板を爪で引っ掻くと嫌な音がするだろう。甲高くて鋭い、透き通った、でもどこまで深いな音が。そういう感触を心にもたらす、最高に最悪な映画だった。「二度とこんな映画見たくない」、そういう気分にさせてくれる、だから僕は彼の映画が好きなんだな。

プロットは凄まじく単純。油田の事故で全身不随になった夫のことを、妻は心から愛している。夫は妻にこう頼む。俺のために、他の男とセックスをしてくれ。

妻は敬虔なクリスチャンだし、夫のことを深く愛しているのだから、そんなことは言語道断である。だが夫への愛のために彼女はあらゆる拷問よりも凄惨な行為に身をさらしていく。彼女は心の純潔を保ったまま、どんどん体を汚していく。さすがラース・フォン・トリアー、この辺の描写がとてもクリアで残虐で、観ていて気を失いそうになる。死んだ方がマシだ、死んでしまえ、死ねよ、そういう感情移入をさせてくれる映画って、なかなかない。

この映画も今取り組んでいる自分にとって酷く重要なプロットの参考のためと思って観たのだが、愛という問題を残酷なまでに丸裸にして提示してくれていて、ちょっとおぞ気がたったね。愛とは巨大なエゴイズムなのだ。自分のエゴイズムが相手を飲み込んで犯してしまう場合もあれば、相手のエゴイズムに自分が飲み込まれて打ちのめされてしまう場合もある。エゴイズムでない愛に到達するケースは極めて稀で、そんなものは奇跡と呼んでもいいのだろうけれど、大抵の場合長続きしない。そう、美しいものだからこそ、長続きしないというのは、論理上なんの帰結性も必然性もないのだが、どうやら自然界においては必定であるらしい。

とにかくいい映画だった。核爆弾って怖いし、剥き身の包丁って怖いし、病気や事故も怖いし、おつむはちきれた気違いも怖いし、戦争とか天災も怖いけど、愛が一番怖い。暖かくて優しい手つきで、でもあいつは内側から人間をずたずたにしてしまう。とにかくいい映画だった。激オススメ。