PLAYNOTE クリス・コンデック演出『デッド・キャット・バウンス』

2009年11月27日

クリス・コンデック演出『デッド・キャット・バウンス』

[演劇レビュー] 2009/11/27 23:37

たぶん世界初っぽい、リアルタイム株式取引演劇。チケットを譲ってもらったのでのこのこ観に行った。にしすがも創造舎にて。

その日のチケット収入を全額デイトレードにぶち込んで、「Let's see how market does」、「市場がどうするか、観てみましょう!」、それで収益上がったら観客にバックする、というトンデモな企画。2005年くらいから始まって世界各国をツアーしているそうだけれど、こりゃ確かに思いついたもん勝ちだわ。

はっきり言って俺は株式取引だのデイトレードだのに全くと言っていいほど知識も関心もないのだが、そんな自分がハラハラさせられ「やってみたい」と思わせるだけのキャッチーさ、親切さ、愉快さを兼ね備えた出し物であった。7人くらいの男女があれを買え、これを売れと議論しながら進んでいく。途中、株式取引に明るくない人々のために、いろんな解説や動画が挿入される。

もう舞台上でライブで何かやっちゃえばどれも演劇って言えちゃう時代だよね。これだって「演劇」という括りにしたら「おっ」って思うけど、トークショーとかと大して変わらんと言えば変わらん。演出や台本がしっかりしていることを除けば、まぁトークショーだ。だが、リアルタイムでリアルマネーで売買されているということ、どういう結末が待っているのか誰にもわからないということ、この辺の緊張感を演劇だと言い張ったことがまず慧眼であると思う。現に俺は超面白かったし。

これを観る前の日に観たパスカル・ランベールの2本立てと同様、リアルというものの質や指向性が、ほんの10年前とは随分変わってきているように思う。「リアルっぽさ」「リアリティのある演技」を志向する類の演劇に対し、これらの演劇は「っぽいっつーか、リアルそのもの」だ。演劇の虚構性はかろうじて保持しているが、しかしリアルの軸足は「本物っぽい」ことではなく「今まさにそこに実在するもの」であり「今まさにそこで現前・進行しているもの」だ。もっともらしい演技や説得力のある筋立てがリアリティを支えるのではなく、有無を言わせぬ時間や肉体が、リアリティの担保になっている。これは、面白い。緊張感がある。

英語が全然わかんない人にはちょっとつらいかもしれない同時通訳も、自分のようにちょっとは英語がわかる人間にとってはリアルタイム感を増幅させてくれて、取りこぼした言葉や訳されなかった言葉などの「意図していないロス」が生々しくて面白い。興奮と緊張を感じる。

「もっともらしい」リアルは、もう意味なんかねぇのかもしれねぇな、「リアルそのもの」の演劇表現について考えなきゃならないな。株式取引がどうこういうのも知的好奇心をつつかれて実に面白かったが、むしろ演劇におけるリアルの在り方について考えさせられる演目でした。