PLAYNOTE 10年前を思い出す

2009年11月20日

10年前を思い出す

[雑記・メモ] 2009/11/20 03:42

今日の夕暮れ前、ちょうど新宿二丁目がざわつき始める頃、アリスを出て外で寒風に身を震わせながらマルボロを吸っていたら、ふと10年前の自分と、この10年の自分を思い返した。

そして今、いろいろとしちめんどくせえ書類やらデータやらの処理を終えて、風呂を浴びてプロットを書こうと思っている最中、また10年間のことを思い出したので、書いておく。

10年前の僕は、まだ17才と半年しか生きていない小僧っ子で、本当に自分が何をしたいのかもわかっていなかったし、自分に何ができるのかもわかっていなかった。今だってもしかしたらわかってないのかもしれない。10年前の自分から見れば、今の俺はほとんど他人だし、新陳代謝によって体内の細胞が入れ替わってしまっているから、肉体的に言っても他人だ。遺伝子と記憶くらいしか共有するものはない。

遺伝子は共有すると言っても目に見えないものだし、思い出に至っては曖昧に過ぎて頼りようもない。要は、ほとんど別人だということだ。

10年前の僕は、たぶん童貞を捨てて半年経った頃くらいで、猿のようにセックスをしていた。校内のいろんなところでセックスをした覚えがあるが、ラブホテルに行くのが楽しかったのを覚えている。渋谷まで行ってみたり、ラブホテルと言えば鶯谷だろうと鶯谷へ行ってみたり、地元の国道沿いのラブホテルに入ったり。そういうところへ行くことがひどくスペシャルだったし、すこしいけないことをしているような感覚もあったし、少し何かを覗き見しているような感覚もあった。

10年前の僕は、シェイクスピアも芥川もトールキンもヘッセもカフカも知らなかったし、ビートルズもブランキーもジャニスもユトリロもシーレも知らなかった。演劇部だったので『ハムレット』くらい読んでおかなきゃ、と思って図書館で手に取り、つまんなくて思わず本当に壁に投げつけたのを今でも克明に覚えている。正直さ、そこだけは、10年前と変わっていないと思えるから、まだ酸素を吸う価値のある人間だろうと思う。

恋愛問題に限らず、文学や芸術に限らず、昔の僕は今のたぶん十分の一も幸福を知らなかったが、同時に十分の一も不幸を知らなかった。そういう意味では、とんとんである。酒も煙草も××もまだやってなかったな。演劇をやることと、文学を読むこと、ロックを聴くこと、先生や周囲に反抗することに躍起になっている、よくある17才だった。

10年前の僕の周囲にいた人は、今ではもうほとんど僕の周囲にいない。かろうじて父母はそうだろう。家族の絆というのは強いものだ。つい先日、10年前の友人と連絡を取り合ったが、それだって懐かしくってガチャポンを回してしまったり、懐かしくってアルバムのページをめくったり、そういう懐旧の行為と大差はない。あのとき俺の周囲にいた人間たちはゆっくりとフェード・アウトしてしまったし、今自分の周囲にいる人間もきっとそうなのだろうと、割と冷静に感じる。

10年前の自分は、僕の人生において一番重要な人間の一人であるあの人と出会うちょうど半年前くらいで、と言っても出会いそれ自体が重要だったのではないが、あの憧れがすっと風に乗ってやってくる季節までまだ2年も時間が残されていた。演劇人生において最も重要な出会いである騒動舎、イギリス、DULL-COLORED POPとも出会うどころかすれ違ってすらいないし、何もなかったのと同じことだ。そう思うと、

10年前の自分は、ほとんど文章というものを書いたことがなかったし、書こうとも思っていなかった。演出をするとも思っていなかったし、演出をする上で必要なスキルを1つも持っていなかった。人生は多分それなりに苦しかったんだろう。よく覚えていない。ただ、当時もそうやってフェード・アウトしていく自分の記憶や感覚というものに恐怖を覚えていて、今自分はこれこれこういう状態であるのに、しばらく後の自分はそんなこと露も気にせず苦笑いを繰り返しているんだろうと思って酷く沈鬱な気持ちになったり、要はモラトリアムならではの甘い苦痛をたくさんたくさん味わっていたんだな。

「いたんだな」と書いて思いだしたが、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も読んでいない。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の話を、あの人としたことを覚えている。あの人は今何をしているだろうか。『ライ麦畑で捕まえて』な。

いろいろ、くだらないことばかり積み重ねてきた気がするが、まぁこれから先もそうなんだろうと割と冷静に考えると、よっしゃ、まだいくらでも書くネタはあるなと考える。とりあえず来週は美術館に行こう。