PLAYNOTE 江國香織『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』

2009年11月13日

江國香織『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』

[読書] 2009/11/13 01:10

江國香織の本は多分2冊、直木賞を受賞した短編作集『号泣する準備はできていた』と、いわさきちひろのイラストが美しく江國香織の児童文学者としての一面をきらり覗かせる『パンプルムース!』の2冊を読んで、「江國香織って何つーか俗っぽいっつーかいけすかないっつーかポピュラー過ぎて逆にダサいっつーか欲求不満のOLだけ読んでればみたいな作家だよなぁ」というとんでもない先入観を持ってこれに当たり、まさに背負い投げか巴投げ、その優しくたおやかな筆致と裏腹に描き出すアイロニーとペーソスに満ちた世界観にうっとりしたものだった。

で、この一作、『泳ぎのに、安全でも適切でもありません』も、傑作であった。不適切で甘美な恋愛模様×10。一作品あたり平均20~30ページだから、誰でも気軽に読める、そして、たぶん誰でも「これは私だ」と思ってしまう作品が見つかる、便利な作品である。オフィスや応接室に気取ってかける絵画のような気障っぽさはないけれど、ペーパー・ウェイトとかビニール袋とかキッチンペーパーとか、あると生活が潤う、それでいて主張しないさりげない作品たち。とても短い切り取りだけど、どれも的確に人生を切り取っていて、驚く。

収録されている作品は以下の通り。

「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」
「うんとお腹をすかせてきてね」
「サマーブランケット」
「りんご追分」
「うしなう」
「ジェーン」
「動物園」
「犬小屋」
「十日間の死」
「愛しいひとが、もうすぐここにやってくる」

僕は特に『ジェーン』の淡々として距離を取った筆致とか、『犬小屋』の不条理めいた展開を粛々と受け入れる主人公の腹の内だとか、『十日間の死』のロード・ムービーか青春映画めいた描写と裏切りに対する強い憤りの対比だとか、そういうところにきゅんと来たが、はっきり言って、誰でも楽しめる作品群であると思う。

誰でも楽しめる、ということを、僕は悪い意味で使っていない。どれも読みやすくこなれた、そして正確な文体であるから読めるし、どれも誰かの心の扉をノックする普遍性を持った作品群であるから楽しめる。それも、ただ友達の恋バナを聞いてへらへら楽しむ感じではなくて、たまに胸が透明になっちまうくらい美しい表現が飛び散っていたりする。この辺は、児童文学や童話のバックグラウンドを持つ彼女ならではの透明さだろう。えげつない話ばっかりなのに、下品な話が一つもない。

個人的には『号泣する準備は~』より、こちらの方が印象に残ったな。何だろう、読後感が悪くないんだよね。最低な小説を読んだ後の、寝れない感じ、食えない感じとはない、せせらぐような安らぎがある。この辺も、彼女の優しさの証左であり、同時に彼女が広く支持されている理由なのかな。

何にせよ、値段以上にスリリングで、厚み以上に楽しめた1冊であった。ポップを馬鹿にすることなかれ。

コメント

投稿者:小夏 (2009年11月13日 02:52)

どちらの短編集も読んだけど、私も『泳ぐのに・・』の方が好きです。
でも、江國の中で一番好きなのは断然、『神様のボート』です。中毒を感じたいくつかの恋愛小説のひとつです。
男性が読むとどう思うかわかりませんが、オススメします。

投稿者:Kenichi Tani (2009年11月13日 11:46)

さすがに江國香織ばっかり読んでるわけにもいかないけど、
神さまのボート、名前は気になってたので今度手に取ってみます。
ご紹介ありがとう。
男が読んでもたぶん面白いと思うよ。結構自分、女性視点のお話読み慣れてるし、書きたいとも思うし。

投稿者:キャシー (2009年11月13日 12:09)

神様のボートは子供視点のパートが秀逸だと思います。なんであんなにちゃんと覚えているのか(浅野いにおの虹ケ原ホログラフを読んだときも思ったけど)。

読まなくても人生にさしつかえないと思いますが、ウエハースの椅子となつのひかりはいいです。

投稿者:Kenichi Tani (2009年11月13日 12:11)

江國香織やっぱ人気だなコンチクショウ。確かに読みやすい文体だし比喩表現が綺麗だね。登場人物による視点もきっちりくっきり違って、小説を読むおもしろさがある。

読まなくて差し支えないものは、読みます。