PLAYNOTE 時間堂『smallworld'send』

2009年11月02日

時間堂『smallworld'send』

[演劇レビュー] 2009/11/02 19:42

世莉さんが演出しているだけでなく素敵俳優が何人も出ているので観に行った。王子スタジオ1にて。

王子スタジオ1は、王子小劇場からちょっと歩いたとこにある、ガラス張り外に丸見えのレンタルスペース。おしゃれな感じだけど丸見え。丸見えだけどおしゃれな感じ。今回の上演はおしゃれな感じだったので、丸見えでもよかった。

短編5本。俺もかつて短編7本やって死にそうになってたので、世莉さんも死んでいるだろうと思ったら、意外と血色がよかった。彼は飲み会に行ってもトマトジュースを頼むような人なので、多分それが功を奏しているのだと思う。

1本目、星々を恐れよ、アゴタ・クリストフ。すっさまじい翻訳文体に、レトロ大好き人間の俺はわくわくするが、フラットに言えばやっぱり酷い翻訳であった。あと、演劇的に面白いシチュエーションはたくさんあったけど、場面の組み立て方や叙述の仕方がやっぱり小説家だなって印象。モテモテ男を演じた佐野功は不気味なスマイルを始終漂わせていて最初は「どうした佐野」と思ったが、物語後半に差し掛かる頃に彼の人間描写が腑に落ち始める。いい余韻を残して追われたのはトゥクラール刑事役(浜野隆之)およびアントワーヌ役(坪内悟)を演じた2人の好演もあるだろうが、一貫して「遊び」続けた軽やかな演出の遊び心を指摘しておきたい。

休憩挟んで2本目、工場でのもめごと、ハロルド・ピンター。ワン・アイディアをパワー・プレイで押し切る5分程度の小品。まさかの男役・百花亜希が意外にもちょびヒゲが似合っていて、新しいフェチズムを探求できそうな希望を客席に投げかけた1幕。競泳水着・大川翔子が見せた、柿喰う客並にハイテンションな炸裂も彼女の新たな一面を見せてくれて楽しい。ピンターは「どうしてこんなものを書いた」と小一時間問い詰めたいが、面白かった。

3本目、熊、アントン・チェーホフ。秀逸にまとまった一品であった。黒い喪服に身を包んだ境宏子嬢があまりに美しく、サラ・ベルナールを思い出していた俺は彼女に20回くらい鞭で打たれるべきである(今度ぜひお願いします)、が、実際の話、凛とした彼女の艶姿は、ミュシャのポスターに描かれたサラのハムレットのようで、マジでカッコよかったし美しかったんだ。あと前々から彼女の反射神経と卓抜した身体感覚、そして意外とお茶目なところはガチでコメディに向いているなと思っていたが、案の定水を得た魚のようで華麗。ハマリ役であった。実は『エリクシールの味わい』のときに、前半、おしっこを売ってる女の子たちが次々出て来るシーンで、境さんにも水泳教室の先生の役(「バタフライは、こうだぞっ!」と言ってポーズを取るシーンまで考えてた)でオファーしたことがあったのだが、「おしっことか、無理」とあっさり断られた苦い経験がある。境さん、エリクシール再演の際には是非お願いします。やかましい熊男を演じた白鳥光治氏もコメディの文法にきっちり身体と顔を作り込んでいて、客席からは笑いが絶えなかった。

4本目、かんしゃく玉、出ました岸田國士。言っちゃ悪いがここまで芝居としては面白いが翻訳としては酷い台詞ばっかり聴いていたので、ここに来て岸田國士の言葉の美しさに酔う。素晴らしい。かんしゃく玉の炸裂音をあえて口で言ったり、次のシーンで登場する来客のうわさ話をするシーンで舞台脇にいる俳優が自己紹介ぽく自己主張したりする演出的「遊び」も功を奏し、岸田國士でありながら、かつ、結構古臭い話でありながら、笑える1本に仕上がっていた。岸田國士上演が持つ古くささを感じさせない「遊び」でGood。かつ、百花亜希の芸達者ぶりに驚く。3本出演の彼女だが、まぁいろんな表情を見せる見せる、「この公演は私のために作られました」と言わんばかりの活躍振りで、イチ百花ファンとしては惚れ惚れするような時間であった。夫役を演じた伊坂沢氏のダメっぽさも相まって、こういうできた奥さんが欲しいと思わせるに足る一作。最後のほろ苦さをきっちり出してくるのは演出の腕。いい塩梅。

休憩挟んで5本目、まぁこの時点で観客席の俺は前日のハードワークもたたって身体的にはもう結構疲れてるんだが、そんな空気を吹き飛ばすテンションの、奴隷の島、ピエール・ド・マリヴォー。18世紀の作家らしい饒舌な台詞を、あえて突き抜けた馬鹿馬鹿しさで無意味化・相対化するパワープレイで押し切る75分。やってる方は相当しんどいだろうな。観てる方もさすがに少々しんどかったが、冷静な突っ込みを入れ続ける大川翔子の強烈な存在感(大概が後ろの方にいるんだけど)と東京コメディストアの小田篤史氏が見せる捨て身同然の全力投球ファルス演技が客席の集中力を繋いでいく。小ネタあり、客いじりあり、何でもありのまさに「ファルス」で、以前の時間堂からは考えられないような公演内容であった。

世莉さんは、コメディに向いているのだと、再認識する。vocaliseとか月並みのイメージが強いから、「意外と」って接頭辞をつけてもいいんだけど、以前から言ってる2017年演劇デート計画とかのためには、喜劇に特化していくという選択肢もあるんではないか。ファルスではなく喜劇。かんしゃく玉のようなバランスの作品は、デートにぴったりだろ、ほら、取材に来いよ東京ウォーカー。

あと、「喜劇だ」と割り切ったからなのか何なのか、演出に神経質なところがなくて、伸び伸びと「遊び」を入れている部分が大変よい。『星々を恐れよ』なんかが一番工夫されてたと思うし、劇的効果も特に高かったと思うが、『かんしゃく玉』や『熊』『奴隷の島』で見せた「遊び心」がとても客席を和ませてくれる。役の心理や俳優の状態ではなく、戯曲や観客が要求するものに寄り添った結果に生まれる、演出の本懐のようなところがあって、僕はとても好意的に観ていた。割と神経質かつ綿密に考察して作るタイプの演出家である世莉さんだが、「面白いからいーじゃん」という武器を持った彼は、二刀流なので佐々木小次郎より強い。今回の世莉さんは二刀流と言っても脇差し×日本刀だったが、これが両手日本刀になったらすごく強い気がする。

やや難を挙げるとすれば、照明のフェードイン/アウトがガクガクしてしまって美しくない点(あれだけ身体で見せられるし構成できるんだがもうON/OFFだけでいい気がする)、俳優のレベルおよび演技の癖に顕著なばらつきが見られる点。演出的に楽しめる舞台だなと感じたということは、俳優的にイマイチな部分があったということの裏返しでもあるわけだ。この辺のシーソーゲームはとても難しい。俳優よかった、演技すごい、なんてときには演出家は褒められないし、演出いい、すごい解釈、なんて言われるってことは俳優イマイチみたいな相互関係にあって、どっちもすげぇみたいなことになっていかなきゃならんのだと思うと、本当に演劇は大変である。

あれこれ述べたが実に身軽な公演で、この身軽さ、肩の力の抜けた感じを手に入れた黒澤世莉の次回作、彼の代表作である『月並みなはなし』だそうだから、期待したい。あと境さんに鞭で打たれたい。