PLAYNOTE パンケーキ屋は焼き肉屋になる

2009年10月19日

パンケーキ屋は焼き肉屋になる

[雑記・メモ] 2009/10/19 03:01

 俺の友達にちょっと変わった男がいて、一言で言うと透明な硬質ガラスでできたナイフみたいな男がいて、趣味って言ったらパンクロックを聴きながら舌が千切れるくらい辛いペペロンチーノを作ることとか、人殺しの空想をしながら袋から小皿にザラメを落としてそのさらさら感をうっとり見詰め続けてるとか、古いモノクロ映画を観ることとか(すごく詳しい)、そんな奴がいて、こないだそいつんちに行ったときにそいつ、じゃあ面倒くさいからKと呼ぼうか、Kが言っていたエピソードをここに書くことにするよ。

 Kは小さい頃東北の方に住んでいて、って言っても県庁所在地の街だったから都会っ子ではあるんだけど、まぁあんまり東京的な薄汚さとは無縁の奴だった。そいつは幼稚園の頃からよく親に連れられて近所の古ぼけたレストランに行ってたらしいんだけど、そこでパンケーキを頼むのが何より楽しみだったらしいんだ。だからかな、俺が例えば、
「どんな子がタイプ?」
って訊いたときなんか、おいおいお前マリファナは隠れて吸ってくれよって思うくらい真っ直ぐで動じない目で
「パンケーキみたいな匂いのする子」
って言ったりするような奴で、意外とハローキティとかけろけろけろっぴとか好きな奴なんだ。
 Kの住んでた街は県庁所在地ではあったけど、駅前なんか閑散としたもんで、ミスタードーナツとかケンタッキーができたってだけで何十メートルも行列ができるような田舎町で、だからKはその名前も忘れたファミレスでパンケーキを食うのが何より好きだった。テーブルには茶色かったり透明だったり黄色だったりする色々な色のシロップが置いてあって、好きなだけかけて食べれたから、Kはパンケーキが運ばれてくると、何でも大抵四枚重ねだったらしいが、一枚ずつにばらして、一つは白、一つは黄色、一つは茶色なんて風にシロップを使い分けてパンケーキを食べた。今になって思えば馬鹿馬鹿しいよね、とKは言う。パンケーキなんてさ、小麦粉と卵と、あと牛乳? よくわかんないけどそれくらいでしょ。そんなもんまるでサンタクロースのプレゼントみたいに感動して興奮して食ってたなんて、ちょっとやっぱり、馬鹿馬鹿しいよね。でも、そういうところが、そういうところがあるってことが、子供と神さまが近いってことの意味なんだと思うんだ。
 Kは当然高校には行ってない。これも変な縁だが遠い親戚がやっていた建築会社の正社員になった。それも経理上の理由で人件費を多めに支出して帳簿を誤魔化し、たぶんバブルの頃だから何か税金対策とかしてたんじゃねぇの? Kはそこら辺もよく覚えてないし、わかっていないし、知ろうともしない。だって、必要のないことだから。Kは東京の街に溺れた。夜八時を過ぎても明るい街に、金さえ出せばいつでもミスタードーナツとかケンタッキーが食える街に、音楽でも映画でも好き放題ぜんぶ三百円でレンタルできるこの街に。
 Kは、俺の友達の中でも特殊な奴で、十六から二十六までほとんど働かずに暮らしていた。バブルがはじけて会社が潰れても、まぁもともと田舎暮らしの奴だから、金の使い方がわからなくて貯金してた金が相当余ってたらしいんだな。たまに日雇いとか会社の元先輩の仕事の手伝いとか、あとパチンコの打ち子とか治験とか、本当どうでもいい仕事をちょろっとやって、何とでも食っていける奴だった。女にもモテたから、しかも年上の女にモテるタイプだったから、金がない月でも麻布十番辺りのマンションに転がり込んでどうとでも暮らしていける、そんな無邪気な奴だった。
 でも神さまはそんなに人生に対して甘くない。これは、Kが自分で言ってた言葉で、まぁKの本棚にあった江國香織とかの影響だろうけど、言い得て妙ではある。神さまはそんなに人生に対して甘くない。二十六歳で完全に行き詰まったKは、それまで金づるにしてた女が急に冷酷な態度を取ったことに我慢ができなくて、離別の会談が催された真昼のミスタードーナツで、店員がおかわりいかがですかー? なんつって持って来た熱い熱いコーヒー・ポットの中身を丸ごとその四十代の女の頭にぶっかけた。女は頭頂部から顔の右半分、あと顎まで大火傷。そんな大惨事を引き起こしておきながらKは、形相を変えて止めに入ってきた店員に向かって「コーヒーのおかわりとハニーチュロ下さい」とか言ってへらへらしてた、そのうちに捕まった。まだ誰かが何とかしてくれると思ってたんだ。本当にいい笑顔で笑う奴だから、何だかみんな許しちゃうんだよね。お金貸して、でも、今日泊めて、でも、明日ご飯おごって、でも。だけど、シロップの量には限りがある。神さまもさすがにもう、在庫を切らしてたみたいだ。でもKのとんでもないところは、そのとき一番ショックだったのは、はじめて警察署で指紋を取られたことでも、頭に大火傷を負って半分ハゲになったのに妙に冷静な態度で示談に持ち込もうとするその四十女の冷静さでも、「もう二度と会わない」って言ってご丁寧にKの携帯を取り上げて自分の電話番号とメアドを消した元先輩社員の締めていたネクタイの柄があまりにセンス悪かったことでもなく、自分にとってちょっとした理想郷だった「ミスタードーナツ」、駅前にそいつができたってだけでみんながニコニコ行列を作るような「ミスタードーナツ」、そこが、自分のくだらない失態によって、一瞬にしてただ砂糖臭い匂いの充満する安っぽい内装の営利目的なチェーン店に変わっちまった、ってことだった、なんて、そういうことを飄々と言っちゃうとこ。
 でもってほとんど絶縁状態だった実家に送り返されて、一通り親父からぼこぼこにされて(田舎だからガチの鉄拳制裁が待っている)、しばらくマジで部屋の入り口に光センサーの警報機を付けられて全然外出させてもらえない日が続いて(田舎だから噂になるのは最大の禁忌)、テレビつけても東京より一週間遅れて放送されてる番組とか見て退屈の上に退屈を重ね着して、本当に腑抜けみたいになってたらしいんだ。人間、そんなもんだよね。一ヶ月も二ヶ月も部屋に密閉されて、あるのはテレビと古雑誌だけ、なんて生活、魂を引っこ抜かれてしょうがない。
 だけど、やっぱり母の愛は偉大だね。突然、ある日、「お父さんには内緒だよ」なんて誰でも言いそうな台詞を言って、母親が街に連れ出してくれたらしいんだ。六時半になったらお父さんが帰ってくるから、どこ行きたい? そう訊かれてKは、ほとんど無意識だったらしいけど、そのパンケーキを食った思い出のある古ぼけたレストランの名前を言った。母親は軽自動車でKをそのレストランまで連れてってくれた。バックミラーに何故か招き猫のキーホルダーが吊るしてあって、その光景をKはよく覚えているって言ってた。だから何? 知らねぇよ。
 そして、Kと母親はそのレストランに辿り着く。二人で何度も行き慣れたレストラン、でも一人じゃ絶対に行かないレストラン、そこで二人が見たものは、まぁタイトルに書いてるからもうわかるだろうけど、パンケーキを出すあの店じゃなくて、チェーンの焼肉屋だったんだってさ。東京でさんざん行ったことのある焼肉屋で、安いだけが売りの焼肉屋で、でも二人はその店に入ったんだそうだ。Kの母は、おいしいね、今日だけだけど、もうお父さんも大丈夫だからね、一言言えばいいんだよ、ごめんって、なんて言いながらホルモンとか食ってて、KもKで二ヶ月ぶりくらいに生ビール飲みながらホルモンとか食ってて、その味が、その味が、本当に本当にまずかったらしいんだ。
 どんな味がしたかって?
 甘かった、って。シロップの味がマジでする。透明なシロップ、茶色いシロップ、黄色いシロップ、青緑っぽいシロップ、シロップシロップシロップ、焼肉焼いてタレにつけて舌に乗せたらシロップシロップ、何でだか全然わからない、もうシロップシロップシロップシロップ。まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、って思いながら、でも母親が嬉しそうに「もう一皿頼んじゃおうか」なんて言うもんだから、「最後は上タンにしちゃおう」なんて言うもんだから、上タンをまぁレモンと塩で食うわけだが、それでもシロップシロップシロップシロップ。冷静に「肉はやっぱりうまい」「食いたかった」「反省してる」とか口では言ってたらしいけど、心の中ではひたすら「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい」。
 店を出て母親が軽自動車のキーを開けようとする最中に、Kは一つのことに気づいたんだそうだ。味は、嘘だってことを。味は、ぜんぶ嘘だってことに、気づいたんだそうだ。
 だからそいつが作るペペロンチーノはマジで舌が千切れるくらい辛くって、でも彼はそれを「絶妙」とか何とか言いながらぺろぺろ食べる。ドクター・フィールグッドを聴いてたと思ったら突然「次はシュープリームスにしようか」とか言ってCDを変える。もう意味がわからないんだが、多分それはあいつにとってはとても理路整然としたことで、何の不思議もないことで、そして俺にとってはその辻褄の合わない感じがたまらなく好きで、だから俺はそいつとずっと一緒にいる。

 Kという仮名を使ったのは、俺の名前が賢一だからじゃないぞ。カフカ、あいつの書く物語の主人公は大抵Kなんだよね。だから。Kの話は、カフカが書いた、離島にある絞首台の話を聞いているのと同じ感覚がして、好きだ。
 ここからは私的なメッセージ。何も知らないつもりでいる馬鹿どもをぎりぎり見下すことで、あの人は何とか生きている。そろそろ何とかしないといけないぜ。

 ただ一つ、確実に言えることは、Kはもう二度と、あのパンケーキの味を味わうことができないってことだ。あの、サンタクロースのプレゼントみたいにわくわくして、色とりどりに甘かった、パンケーキの味。あれはもう二度と、帰ってこない。

コメント

投稿者:りあちゃん (2009年10月21日 20:31)

知久寿焼さんの曲に、「ぼくのすきなばしょがまたひとつなくなった」という出だしのがあるの。
あたしはその曲が大好きで。だって切なすぎて。
もう一生行かれないんだよ、思い出の場所。
そういう場所は歳を重ねるごとに増えていくね。
文章アレルギーのあたしが釘付けになって読んだ長文ブログ。
甘いシロップごちそうさまでした。