PLAYNOTE 独り暮らしについて

2009年09月28日

独り暮らしについて

[雑記・メモ] 2009/09/28 01:49
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お前演劇のことしか書いてねーじゃん、と言われると恥ずかしいので(演劇が好きとか恥ずかしいわ私)、じきに一ヶ月になる独り暮らしについて書く。Living alone. 六畳一間の鳥カゴでマズいメシ喰って糞をして、小窓から見える景色も飛べやしない、なんて歌を思い出すが、悪くないものだ。

写真は方南町。歪んでいる。

驚かれたのだが、自炊している。きちんと米を炊き、おかずを一品二品作っている。今日は豚肉と茄子と余っていたほうれん草をトマトソースで炒めて何だか洋食屋さんっぽいポークソテー的な何かを作って食べた。実家の母親がひっきりなしに米を送ってくるので、このままだと向こう三ヶ月は食事に困りそうにない。料理はうまくなりたいもんだ。文学だの脚本だの演出だの演劇理論だのと付き合っていると、こういう相手と浮気をするのはかなりいいカップリング、ちょうどいい気晴らしである。

まぁ、それも時間があればだけどな。

掃除も割とする方だ。ワンルームなのでキッチンもトイレも仕事机のすぐそこにあるから、散らかってると集中できない。床が個人的な趣味でフローリングだから、髪の毛が落ちているのがとても気になる。掃除をするのは楽しい。

まぁ、それも、時間に追われてさえいなければだけどな。

部屋にはテレビがない。新聞もとっていない。だから情報源がとても少ない。ネットがあるじゃん、と思うだろうが、自制しているのでニュースも読まない。おかげで今のトップニュースが何なのか全くわからないのだが、一つも困っていない。都市生活というのは恐ろしいものだ。すべてと他人でも生きていける。不要な情報には目を閉じる、耳を塞ぐ。

まぁ、それも、時間がないからってのは大きな理由だけどな。

テレビは本当に要らない。あれは人間を馬鹿にする電気箱だとおじいちゃんが言っていたが本当にそうで、おかげでやたらと本を読む。だが、人が来たときだけ困惑する。エンターテイメントな要素が小説、戯曲、画集、音楽、あとトランプが一揃いあるくらいなので、テレビでもありゃ楽なのにな、と思うことはあるが、要はそれだけ思考停止の装置であるということだ、あいつは。見たいとも思わない。

まぁ、そうは言っても、時間があったら見ちゃうんだけどな。

洗濯だけがクソ面倒臭い。あれの楽しみは何だ。綺麗になってくとか、そんなもんじゃねーぞ。例えば真っ黒に汚れた小学生の体操着が真っ白になったら、それはもちろん「アタック!」って感じがするんだろうけれど、そんなに汚れたりするはずないじゃん。大人だよ俺。着る物がなくなるのが困るからやっているけれど、これだけは本当にやめたい。できれば買った服をすべて一度着て捨ててしまいたいくらいだ。

独り暮らしは日本では初とは言え、イギリス留学中はずっと独りだった。あんときと今が、割と人生の一番しんどい時期であるってのは、何だか嫌な符号とも取れるし、いい符号とも取れる。

人がたくさん来る。とても嬉しい。どんどん来い。学生時代、実家から大学まで2時間という距離だったものだから、よく友人宅に泊まったものだ。その感覚がとても好きだ。当時、いろんな人に一宿一飯の世話になったものだから、そういう恩返しがしたいと思うし、一人だと仕事しちゃうので、遊びに来て下さい。是非もう誰でも。そろそろ減ってくる頃だと思うので、再度バーゲンセールしたい。

まぁ、そんなことしてっから、時間がなくなるんだけどな。

僕は何が欲しいだろう? 冗談でニンテンドーDSが欲しいとか言うが多分要らないし、兎を飼え、猫を飼え、ハムスターを飼えという話が出たが、うん、多分四六時中そこにいると駄目なんだろうし、食事も別に食えればいい。いい服を着れたらテンション上がるが、だったらビートルズのリマスターボックスとかシェイクスピアの全集とかが欲しい(芥川の全集は手に入れた。最近で最高ハッピーな出来事。オークションでわずか1,600円)。金も欲しいが、金があってもつまらない使い方しかしない気がするから、多分必要な分以上は要らない。

僕は多分、時間が欲しいだけなんだろうと思う。潤沢に時間を手に入れて、それを豪勢に無駄遣いしたい。それは、俺の人生のメタファーそのものでもあるだろう。人生は偉大なる無駄遣いである。

俺の無駄遣い、言うまでもないだろうが、俺の文章と演劇、そしてこの不確かに呼吸している情念、それだけが、俺をぎりぎり人間らしくしているものだろう。極悪人は極悪人らしく、独り打ち首野晒し、鳥獣に臓腑をついばまれ、風雨に骨身をかじりとられて、死んでいくべきものである。

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投稿者: (2009年09月30日 18:44)