PLAYNOTE ペリカン

2009年08月31日

ペリカン

[雑記・メモ] 2009/08/31 01:24

引っ越しの準備がまとまって、ふっと一息、窓を開けると、……僕の家の裏手は広い草原のようになっていて、隙間亡く生い茂る丈の高い雑草でいつもざわざわとしているのだけれど、深く青い暗闇に包まれた草の間に、一匹の白い鳥がもぞもぞと動いているのが見える。ネイビーブルーの夜の下で、もぞもぞしている白い影、あれは一体何だ?

僕は引っ越していく。27年間住み慣れた柏を出て、東京に暮らす。別に福岡から出て来ましたとか15歳までコートジボワールにいましたとかいうような大きな変化ではないにせよ、どうして自分が家を出て行くのか、今一つ理由がつかめずにいる。

いろんな理由があって、それはここに書けるものと書けないものがあるけれど、どれも理由になっていない気がする。物体が移動する。それはニュートンの運動方程式で説明がつくことかもしれないし、エネルギーの燃焼と機関の作動というメカニズムで解説が可能かもしれない。だが、どうして自動車は移動しなければならないのか。どうして鳩は空を飛ばなければならないのか。どうして犬は地面を嗅ぎながら歩いていかねばならないのか。理由は多分わからない。

そうして見詰めるペリカンくんだが、奴はどうしてもぞもぞしているのか。飛べばいいじゃん、と思うが、はてペリカンは飛べたかしら、そんなことすらよくわからない。赤ちゃんを運んでくるのはありゃコウノトリだっけね。あいつは飛べたが、コウノトリとか一匹残らず撃ち殺してしまいたいし、ペンギンは刺身にして食ってしまいたい。ペンギンの刺身、脂が乗っていて旨そうだ。もう僕はペンギンを見て微笑む午後を迎えることはないだろうし、ペンギンくんが主人公で例えば彼が白い船に乗って波間を越えながら時間を巻き戻すことができるオレンジ色の木の実を探しに行くなんて話は書かないだろう。あるとしたら、ベトナム戦争に派兵されてベトコンの作った竹槍の落とし穴に落ち絶命までの三日間のたうち回り続けるペンギン・ジョーンズ一等兵の話とか、夜の砂利道で引ったくりを繰り返しその金で合成麻薬を買いまくるがあるとき瑠璃色の目をした男に捕まってクチバシを切り取られ喉に砂利を突っ込まれてもだえ苦しむペンギンの話とか、そういう話を書くだろう。喜んで書くだろう。

閑話休題、飛ばないとして、なぜあのペリカンくんはもぞもぞしているだけなのか。どっか行けよ、と思うけど、それも俺と同じで移動する理由なんか全然ないんだ。捕食のために移動することもあるだろうし、越冬のために移動することもあるんだろう。だが、それも理由としては片手落ちだ。

ペリカンくんと一瞬目があったような気がするが、何だか不気味になったので、僕は窓を閉めてしまう。コップに一杯、牛乳を入れて飲み干し、再び同じ窓の前を通りかかったとき、さてと思って開けてみると、やっぱりペリカンくんはまだそこのネイビーブルーに押し潰されてもぞもぞと動いている。一体何がしたいのか。

そういうことがわかってる奴が世の中に一人もいないのに、幸せの定義とか思いやりのあり方とかを考えている人間諸君がとても間抜けに見えてくる。俺はペリカン一匹ですら理解できない。

しかし柏にペリカンがいるとなれば、東京にもいるのだろうな。恐ろしい世の中になったものだ。シンナーをやりすぎると満月がストンと落っこちるところが見えるらしい。マーマレード色をしたゾウが作った拷問器具が内戦華々しきスーダンで飛ぶように売れている。そして僕は七つの海や美しい季節や、二度目に行った那覇で見つけた笑顔を浮かべたドラゴンの壁画のある保育園や、15の春に窓辺でかいだ絶望的に青く酸っぱい草の香りや、詳細に描かれた精神病の子供の似顔絵や、死後の世界に思いを馳せる。ペリカンはまだもぞもぞとやっている。ペットボトルの空き瓶を投げつけてやったが、おかまいなしにもぞもぞやってる。この調子では、マシンガンを持ち出して撃ちまくってもあのペリカンは動かない。あのペリカンは動かない。