PLAYNOTE 紫立ちたる雲

2009年07月26日

紫立ちたる雲

[雑記・メモ] 2009/07/26 04:15

また夜が明けてしまった。階段の窓から朝の光が差している。自己管理が下手すぎる。

はるはあけぼの
そらはいたかくかすみたるに
やう/\しろくなりゆくやまぎはの
すこしづつあかみて
むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる

清少納言 - Wikiquoteより)

文章を書くのは気晴らしになる。書くことにはほとんど頭は使わない。書くことよりも、書かない、ということに頭を使う。どれを書くべきか、よりも、どれを書かざるべきか、に頭を使うのだ。

かと言って朝方に重い話を書くのも嫌だから、スパゲッティについてでも考えてみようか。特に思い入れのない食べ物だから、別段書くこともない。あれほど無難な食い物もないもんだ。茹でたらもう塩でも振って食えば十分うまいだろう。オリーブオイルがあればなおさらだ。

オリーブ。オリーブを食いまくった21歳の頃の自分を思い出す。トルコに旅行に出ており、一ヶ月もトルコにいたのだが、その間、ひたすらエフェスビールのつまみにオリーブを食いまくっていた。いろいろな衝撃があった。まだ時効じゃないだろうからデリケートな部分については書けないが(そう、こういうところで頭を使う)、表向きにさしあたりのない衝撃としては、開戦するイラク戦争に備えてか、トロイアの遺跡を歩いていたとき、頭上を高速戦闘機が五機ほど飛んでいった。あれは衝撃波なのだろうか? きーん、という音と、頭を上から押さえつけられたような圧力を感じて、身がすくんだ。

今朝、車にひかれたスズメを見たが、そしてその体に触れたが、生と死の境界線が思ったよりも儚いことを知り、げろげろした。その後、稽古後に、尊敬する先輩の父上が亡くなった話をじっくり聞いて、余計に死がわからなくなる。消化されるものだという感覚が、わからないのだ。俺はきっと消化するだろう、死であれば消化するだろう、ありとあらゆる死を飲み下し、胃液で溶かし、十二指腸と小腸大腸で溶かし去り、排泄するんだろう。同じように自分の死が消化され溶解され排泄されるという事態が、想像がつかない、というより、想像したくない。

俺の葬式にもし人が集まるとしたら、弔辞できっと「若い才能が…」とか「これからってときに…」なんて言われるんだろうが、まだ何も成していないクソ野郎だ。五年後の俺が、疲れ切った表情でコンビニのレジを叩いていたり、空き缶を拾って暮らしたり、誰も知り合いのいない六月の風に吹かれた港町でカフェの店員をやっていたり、そういうことは十分にあり得る。

そう考えると、パスタは偉大な食い物である。

マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人、稽古は順調です。もうさっさと振り付けてしまいたくてうずうずしているが、もう少し泳がせてみたい。何せ、泳がせる価値のある人が揃っているから。僕以上に僕を理解している人や、僕以上に演劇を理解している人が座組にいる。そういう中で、演出家としてきちんと仕事をするには、何が必要か? 誠実さか、熱意か、ブラフか、自信か、気前の良さか、理屈か、建前か、本音か、運か?

とりあえず、睡眠だろうと思うから、寝る。

最後に僕の大好きなポエムを引用して終わる。

ビスミッラーヒル ラハマーニル ラヒーム
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において
ワル アーディヤーティ ダブハー
吐く息荒く進撃する(馬)において(誓う)。
ファル ムーリヤーティ カディハー
蹄に火花を散らし
ファル ムギーラーティ スブハー
暁に急襲して
ファ アサルナ ビヒー ナクアー
砂塵を巻き上げ
ファ ワサトナ ビヒー ジャムアー
(敵の)軍勢の真っ只中に突入する時
インアル インサーナ リ ラッビヒー ラ カヌードゥ
本当に人間は,自分の主に対し恩知らずである
ワ インアフー アラー ザーリカ ラ シャヒーデゥ
それに就き,かれは誠に証人であり
ワ インナフー リフッビル ハイリ ラ シャディードゥ
また富を愛することに熱中する
アファラー ヤアラム イザー ブウスィラ マー フィル クブール
かれは墓の中のものが発き出される時のことを知らないのか
ワ フッスィラ マー フィッスドゥール
また胸の中にあるものが,暴露されるのを
インナ ラッバフム ビヒム ヤウマイズイッ_ラ ハビール
本当に主は,その日,かれらに就いて凡て知っておられる

コーランがうちには三冊あるが、どれもアラビア語で書かれたものなので、全く読めない。

引用しておいて何だが、実はコピペしただけで内容など読んでいない。文章は無力である。