PLAYNOTE 726『こころ』

2009年06月10日

726『こころ』

[演劇レビュー] 2009/06/10 03:55

Mrs.fictions『15 minutes made vol.5』にてご一緒した才色兼備の才媛・吉田小夏嬢が書き下ろした新作長編戯曲、しかも原作が思わず弟子でもないのに「漱石先生」って呼んでしまうくらい敬服している夏目漱石『こころ』なので観に行った。下北沢OFF OFFシアターにて。

何のかのと言って小夏さんの芝居は一本しか観ていないんだけれど、無駄のない構成、音色として美しい日本語、劇的でありながら日常的である世界観に一気に惚れ込み、主宰のくせにワークショップに行こうかと思うくらい気になっていたので、今回滑り込みだけれど観れてよかった。

『こころ』はそりゃもちろんいい小説だしいい話だと思うが、劇化するのは難しいんじゃないかと思っていたけれど、ひらりとそれをやってのけた筆力にまず感服。原作の筋書きを使いつつも、独自のエピソードを上手く象徴として伏線として絡めてあり、並々ならぬ構成力を感じた。

有名過ぎるエピソードで陳腐だが、漱石先生がある日弟子に「I love youをどう訳しますか」と問われて、「『月が綺麗ですね』とでもしておきましょうか」と応えた通り、日本文学と西洋文学の違いって、ざっくり言って、日本文学はどれだけ言わずとも言う、ほのめかす・かもしだすことに労力を使っているかに対して、西洋文学はどれだけはっきり言う、ビビッドにハイコントラストに表現するか、だと思っている。そういう意味で、演劇の作法自体が西洋化されてしまっている現代演劇の枠組みの中に日本文学を脚色するのは、想像するほど楽じゃないはずなんだが、ほのめかしの台詞術がありながら演劇構造としてドラマチックという仕上がりの本作は、わいわい褒めちぎっていい力作であると思う。

病床に伏す父を囲む一家の姿や、三角関係の中で自分を押し殺す三人の姿、過去の罪に絡め取られている夫婦の姿に、思わずじわっとくる瞬間があり、優しいタッチで描かれた悲しさに胸打たれた。あと、終わった後、どうしても漬け物と味噌汁が食いたくて、OFF OFFのすぐ下にあるわたみんちに入ってしまった。食い物が美味く見える芝居というのは、いい芝居であると思う。

俳優陣も個性的な顔触れであり、一人2~3役をこなす本作において混乱することもなく確信に満ちた芝居をしており好印象であった。戯曲および世界観に対して芝居がややでかい感じはした、もっと繊細に、目配せで伝わる演技になっていてもいいのでは、と感じた瞬間もあったが、一人一人に好意的に観れたし、次回に期待。主演の男二人は色気のあるいい役者さんだなぁ。それぞれ個性が違うので、いいユニットであると思う。

演出もやや大振り、味付けが濃い感じがしたが、ドラマチックな瞬間をスルーしないという意味ではきちんと戯曲に取り組んでいたように思う。小夏嬢自らが演出したらどうなるか観てみたい欲求はある。戯曲を読んでみて、作家指定の美術プランが「砂」をモチーフにしたものだと知って、苦しい気持ちがする。確かに真っ白い「砂」がセットであれば、随所に出て来る海辺や海底という台詞のモチーフとも重なるし、さらさらと崩壊していく繊細で無常なセンチメンタルがより切なく届いたのではないかと思わないでもないが、舞台で実現するためのコストや労力、劇場との相性を考えると、あえてオミットした理由もわかる(以前うちも本物の土を使ったセットを組んだことがあったが、仕込みおよび維持がえらい大変であった)。また、背景に立ち並ぶパネルの造形はやや荒かったような気もする。しかし、シンプルに徹することで、俳優の身体と言葉で時間も空間もすっと飛ぶ演出を実現しており、潔く誠実な仕事である。

ああのこうの書いたが、『こころ』を題材にこれだけまとまった演劇が可能であったということに驚いたし、劇団としても旗揚げでこのクオリティというのは見事としか言えない。俳優二人のユニットのようだけれど、見事なセルフプロデュース能力。小夏×漱石目当てで動いた食指だが、次回公演もまた観たいと思わされる仕事であった。「であった」とか、「パパ死なないで、うゆゆ…」とか思って涙腺緩めてた大の大人が使う言葉ではないが。