PLAYNOTE 稽古日誌: 堀越涼ひとり七役『藪の中』

2009年03月30日

稽古日誌: 堀越涼ひとり七役『藪の中』

[公演活動] 2009/03/30 15:02
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堀越涼

今日の稽古日誌は『藪の中』花組芝居ではエキセントリック女形として、他の小劇場作品では天下御免の伊達男として人気と注目を集める堀越涼、ひとり七役の一人芝居。原作、芥川龍之介。条件が揃いすぎている。これで面白くなかったら、…ホント落ち込むよなぁ。大きく出たもんだ。

なんてプレッシャーを吹き飛ばすように、堀越涼の切れ味が鋭い。そして取り組み方が美しい。まだ本番一ヶ月前ながら、すでに引き込まれる魅力がある。わずか三十分の短編だが、大作になる予感。

初演はもう三年前になる。芥川の短編の中で五本の指に入る知名度、人気、そして完成度のこの本を戯曲化するなんて不遜もいいところだが、書いている最中は楽しくて仕方なかったのを覚えている。芥川の胸を借りて書いているような、一緒に書いているような感覚。言葉がすらすら出てくる。翻案とは言え、台詞の八割以上は自分で書き下ろしているものなのだが、戸惑うことなく書けた。

この本、元を辿れば、『今昔物語集』に題材を得、アンブローズ・ビアスの『月明かりの道』に触発されて書いたと言われている。それを自分が二十一世紀に戯曲に翻案しているわけだから、物語というものはまさに時代を超えるものだということを再認識する。

一人七役という演じ分けは、さすがの涼くんも一筋縄ではいかないらしく、あーでもないこーでもないと稽古の度に道筋を探しているが、涼くんの「準備力」が半端なくてビビる。稽古の最中にちらと彼の台本を覗いてみると、おびただしい量の書き込み、書き込み、書き込み、赤、青、黒。いい俳優は演出家の指示待ちにならず、自力で何かを掘り当て稽古場に持ち込むものだが、彼は毎回どっさり掘り起こして持ってくる上、「変えてみて」と言えばその場ですぐに別のネタを取り出してくる。いいね。

涼くんがすごい、と言うんではなくて、すべての俳優はこうあるべきだよな、と思う。演出家が楽をするため、ではなくて、演出家を苦しめるために。ノープランの役者、まっしろな紙、こねられていない粘土からなら何を作っても仕事したような気になるし、何をするにも気が楽だが、プランのある役者、緻密なデッサンのある絵、荒くても造形されている粘土に対しては、こちらも迂闊に手が出せない。迂闊なことをやれば、底の浅さを露呈することになるだろう。

『藪の中』は、筋書き自体も実に秀逸だし、自分で言うのも何だがなかなかいい翻案に仕上がっている。芥川の鋭利で無駄がなく張り詰めた文章、だがしかし読む言葉としても少々難解だし話し言葉としてはちんぷんかんぷんな小説を、かなり噛み砕き自分に近づけて書いている。きちんと自分の体から滲み出た言葉になっているということだ。だから、作品自体が面白いと思う。が、それ以上に、やっぱりこれは役者を楽しむ、堪能するためにある戯曲なんだな、と。

堀越涼ひとり七役はさすがに歯応え、見応え、噛み応えがある。花組芝居で培ったか自力で勝ち得たか、日本の旧劇が持つ音韻的な美しさを持つ台詞回しが実に良いし、変に心理主義に傾いて役を捉えないから、ダイナミックで構成力がある。その分、大振り過ぎて繊細な部分を拾い損ねる恐れがあるし、涼くんが面白すぎるので話の筋を追うことを忘れてしまう、という弊害はあるが、そこは今後の調整で。スター性も自信もあるから観ていて気持ちがいいのだが、何より、真摯なのが良い。

涼くんは『ソヴァージュばあさん』にも出演するので、ひとり七役どころか八役かな。『ソヴァージュ』も一ヶ月前にしてすでに形が見え始めているが、その話はまた今度。『ソヴァージュ』の涼くんは実にかわいいです。