PLAYNOTE 稽古における演出家と俳優

2009年03月05日

稽古における演出家と俳優

[公演活動] 2009/03/05 01:49

今日は日暮里で稽古であった。近くていい。Mrs.fictions『15 minutes made vol.5』出品、『15分しかないの』、来週から本番です。以下ネタバレ。

ネタバレになりますが、今回の『15分しかないの』は三人一役というような芝居で、演出上の制約がとても多い。とりあえず型を追い掛けるのに神経を使い、台詞を追うのに神経を使い。カチカチに型が決まった中で、「さぁ、自由にやってみろ、お前の衝動を見せてみろ」という、無茶振りもいいとこな作品。

今日は一度通した後、境宏子嬢の「ここがちょっとしっくり来ない」に端を発して、あれこれと原因究明会議。たまに、俳優の意見を聞く行程を最近は稽古に取り入れている。俳優が自分自身の問題点を言語化すること、そしてそれを座組でシェアすること、それ自体にも意味があるし、「どうだった?」と問われると、自覚的に反省・反芻する。そういうプロセスをねじこむ、っていう意味もあるけれど、僕自身SOSが欲しい意味でもある。

以前ある年嵩の演劇の先輩に、「お前は頭が悪い。もっと俳優に聞け、俳優自身に考えさせろ」というような訓辞を受けた。このシーン、こういう効果、こういう空気を出したいのだが、どうもできない。こうしたいんだが、どうやったらいいのかわからない。お前らどう思う? そういう問いかけを、ちょっと前の自分は敗北宣言と思って封殺していたのだが、最近よくやるようにしている。俳優は、当然ことだが、演技に関しては演出家よりも血眼である。

あれこれと座組で討議した後、じゃあやってみっか、と言ってはじめてみたら、空気が一変した。すごくシニカルな分析になるけれど、こういうとき生じた効果って、一つには当然討議やダメ出しの効果もあるだろうけど、個々人の問題意識が明確になって、個々人の目標が明確になって、うまくいくということが多いように思える。ただ今日の展開は、いい方向に転がる第一歩という感じがして、非常によかった。

やや話が脱線するが、演劇の現場におけるクリエイションの中心、「誰が演劇を作っているのだろう?」という問いに対して、人々は何と答えるだろうか。俺は戸惑うことなく「演出家」と答えるし、そうではない演出家に対しては疑問符が浮かぶ。が、同じ問いに対して、「俳優」「役者」と即答するような演技者とこそ一緒にやりたい、と常々思っている。

『15分しかないの』、三人一役というような芝居で、それに一人の男が絡んでくるお芝居です。明確に実験作です。実験作だが、きちんと見せ物として楽しめるエンターテイメント性を持っていると思うし、きちんと演劇として成立する駆け引き・やりとりが描かれているよ。是非、観に来て下さいませ。

ご予約は下記から。平日昼間は安いから1500円で六つも濃い団体が観れるよ!

コメント

投稿者:D (2009年03月05日 04:21)

前にいた劇団は稽古の最後五分に「わぐみ(口頭だったから漢字不明。多分「輪組」か「和組」)」ってのがあったよ。一人一言ずつ今の自分の課題や疑問を言うというもの。言わなきゃならないから言う事を探すし、言うからには発言に責任を負った。残念ながら当時の自分はそれをやる意味を今ほど理解してなかったけどね。

投稿者:Kenichi Tani (2009年03月05日 10:22)

「輪組」だろうね。聞いたことあるなー。
そういうのも形骸化しちゃうと意味がないから、ホントやりようだよね。何でも。