PLAYNOTE CoTiK『源氏』走り書き

2009年02月15日

CoTiK『源氏』走り書き

[公演活動] 2009/02/15 00:26

明日まで。予約、まだオッケー。

CoTiK.org - CoTiK第二回公演『源氏物語』

某、演劇の先輩からのメール。CoTiK『源氏』観劇後に頂いた。

おめでとうございます。まだ2月だというのに春を感じさせる宵ですね。思えば昨年ロミジュリを拝見してからはや一年。昨年と同様に初々しい感動をいただきました。

源氏という怪物相手によく健闘なさいました。私も「夕霧」あたりまでお話を復習してから参りましたが、源氏の明石での所業は紫上に対する許せない裏切りだとの感想を持ちましたので、明石上のエピソードをすっぱり切ってしまって、純愛の予感に収束していくラストシーンは溜飲を下げました。

今読み反しての源氏の感想は確かに夕顔がとても魅力的ということです。でもひとつ思ったのは、女性は相手次第で夕顔にもなるし、同じ女が場合によっては六条にもなると、そう思います。

つい長々と失礼しました。ご盛況のまま楽日迎えられますことを。

誰からのメール、とは書かないけれど、文章にはやはり人柄が出るものだなぁ。質実でありながら繊細なお人柄がよく出ていらっしゃる。こういう学もあり風雅をわかる方からもらうメールは、恐れ多いが、嬉しい。

それに対する僕のレスポンス。

ゆうべはご来場&感想メールをありがとうございました。いやー、本当、**さんがいらっしゃるとか、結構びびってたんですけど、とりあえずお褒めのお言葉いただけて嬉しく思います。

明石切りは別の源氏通の方(国語教師の方)からも英断とは言われましたし、市民劇っつー客層にはめるにはあれくらいのメロドラマ化は妥当だろう、と自分でも思うのですが、原作の「あはれ」でありながら混沌とした魅力をがりっと殺いでしまっているのもまた確かで、自分としては複雑な気持ちです。また、光源氏を言わばハムレットとかウェルテルのような悩める青年として造形したのも、明治以降の演劇=西洋演劇の文法としてはわかりやすく、またキャッチーでもあるだろう、とは思うのですが、光源氏の正体はもっと恐ろしいものであるように思っています。日本の昔の文学や演劇作品は、ぬえのような恐ろしさがありますね。

とまぁ、迷い迷いではあるものの、自分としては楽しんで観ております。純愛とか思春期とか大好きな、青臭い、尻の青い自分ですので(笑)。

夕顔は確かに魅力的ですね。あれで生娘だったらただの男にとって都合のいい女(村上春樹の小説によく出て来るような奴)ですが、過去があるのが自分は好きです。女性は六条にも夕顔にもなる、というのは真理でしょう。だから、長くつきあえばつきあうほど、男は愛に萎縮していくのかもしれませんね。

なんて楽しい文学トークをまたいずれ。どうもありがとうございました。

一読して人の顔色をうかがう弱さが前に出ているが、自分らしいざっくりした文章だと感じる。

自分の作品を語るに際し、説明っぽくなったり、釈明っぽくなったり、言い訳っぽくなったりするのはカッコ悪いと思うから、素直に言葉を並べてみるべきなんだろうね。今回の『源氏』は、難産であったし敵が敵だったので、どうしても自信が持ち切れずにいたのだけれど、初日の感触でほっと胸を撫で下ろした。客席の温度や客層の演劇偏差値を考えての作品の切り出し方として、演出家としての自分の読みは間違っていなかったと思う。

と言いつつも、ああいうまさに「怪物」を相手に一戦やるには、自分はまだ未熟なのだろう。上に引用したメールの送り主や、国語教師、俳優、演出家、新聞記者、国会議員、他の市民劇団体の主宰者、作家のたまご、いろんな人から「よくやった」「感動した」と言われるけれど、僕はすっと腑に落ちないところがある。たぶんそれは、自分が『源氏』から感じた本当の面白さは、もっと黒々したものであって、観劇後の気分で言えば「面白かった、だが、二度と観たくない」というものを作りたかったから、であるような気がしている。

この辺は、うまく言葉にならないなぁ。まだ『源氏』が飲み込み切れてないのだと思う。前掲のメールに「日本の昔の文学や演劇作品は、ぬえのような恐ろしさがありますね」という一文を書いたが、まさにそうで、西洋文学は解釈によって成り立っているのに対し、日本文学は解釈の不可能である部分にこそ面白さがある、という差異があるように思う。言わば、西洋文学は内容的に街角であり教会であり牧場であるのに対し、日本文学は森であり月夜の雲であり夢である。きちんと論説したらこの辺は面白いテーマになるのだろうと思うが、いや、今はやめておこう。

いい芝居であるし、いい公演であると思うから、もっと多くの人に観て欲しいと思う。そのために、きちんと誠実な準備をして、寝ようっと。次の現場の草稿を荒書きして、寝る。