PLAYNOTE おバカ系クイズ番組の増加に寄せる雑感

2008年12月29日

おバカ系クイズ番組の増加に寄せる雑感

[トピックス] 2008/12/29 19:53

年の瀬が押し迫り、テレビをつければ特番ばかりやっている昨今だが、本当に最近のおバカ系クイズ番組の増加は見るに堪えない。単純に、見ていると何かいらっとくる、というだけでなく、時代の潮流を見ているようで怖いのだ。ヒット作の背景には必ず時代の本質が読み取れる。おバカ系クイズ番組に増加なんかもまさにそうだろう。

かつてのクイズ番組は、知識量が高く頭の回転が速い人が多く出て、その中に一人か二人、ずっこけポジションがいる、というような作りだった。「なるほど!ザ・ワールド」や「アタック25」、「平成教育委員会」なんかもそうかな。視聴者が好奇心をそそられる問題を、豊富な知識や鋭い推理力を元に鮮やかに回答する。そういう作りだった。

言わば、昔のクイズ番組は、知的好奇心の充足、というやつが、視聴者にとって一番のおもしろさだったんだ。

反対に、近年流行の「ヘキサゴン」や「ネプリーグ」は、知的好奇心の充足とはまるで正反対に、バカを見下す愉快さとそれに起因する自尊心のくすぐり、とでも言えるものがおもしろさの中心にある。そんなことも知らないの、こんな字も書けないの、げらげら。これは間違いなく楽しいし、自分よりバカな人間を見下すことは、精神衛生上実に重要なことだ。書き方に棘があるかもしれないが、間違いなくそう。そういう見下し合いの連鎖が世の中を平和に回していると言っていい。

しかし、それにしても増えたよな。

そう言えばトリビアの泉なんかも流行ったね、一昔前に。あの番組も、些細だが純粋な知的好奇心を刺激するところから出発して、最後には、どれだけくだらないことをやるか、というところに向かっていったように思う。

こういう、テレビ番組、主にクイズ番組の変遷から読み取れる日本人の知的筋力の低下というやつは、いろんな分野で言われていることだろうけれど、僕も、自分でやっている演劇の現場でひしひしと実感する。朝日新聞(嫌いな新聞だけど)が書いた2008年の回顧録に、こんなものがあった。

蜷川の戦略的な活動の背景には、わかりやすい娯楽重視に傾く演劇状況への危機感があるのだろう。新作公演が相次いだ今年の演劇界は盛況だったかに見えた。しかし既視感のある物語や出演者の知名度に頼る作り手と、予定調和的な笑いや感動を求める観客による、微温的で閉塞(へいそく)した作品も目についた。

http://www.asahi.com/showbiz/stage/theater/TKY200812100100.html

閉塞、という単語にルビが振られていること自体お笑い種、みぞうゆう(なぜか変換できない)のことだ。つってもあれだ、未曾有なんて読めない日本人いくらでもいるし、俺も読めはするけどたぶんそらじゃ書けない。政治の世界も完全に劇場型民主主義に変わり果てて随分と時間が経ったが、劇場型民主主義でさえ、おバカ系に傾いているのかもしれない。

演劇もおバカ系に傾いてきていて、例えば……、と実例を挙げることができないこの俺の立場の弱さは泣き叫び吠えたいほどだが、完全に「閉塞」しているのでこの閉塞空間の中でもがくしかないというのも事実だ。歴史上、芸術や演劇、文学が社会を変えた例は一度もない。もっと言っちゃえば、理屈や理論が世界を変えたというのもほぼ存在しないだろう。どれも後付けなんだな。この閉塞空間の中で、それにうんざりしている自分がやれることと言えば、その閉塞状況を描いてみせることか、閉塞状況の中でも変わらない自分を持ち続けるかしかない。

***

身近なある演劇人の話を書く。実名は出さないが、共通の知り合いの人がいれば、書き方で誰かはわかるかもしれないね。彼のやっていることはとてもわかりやすくキャッチーで、おバカ系化の進む世界にきっちり適合しているが、裏ではそれを見下すような視点を持っている。うまいやり方だが、ストレスたまんねーのかな、と思う。

どういうことか。例えば、アイドルのコンサート。台詞の横にかっこ書きで本音を書き添えました。お楽しみ下さい。

アイドル「今日はみんな、来てくれてどうもありがとうー!」(うぜえ、やっぱキモオタばっかだ)
観客「うおおおおー!」(うおおおおー!)
アイドル「みんな愛してるー!」(わけねーだろ、まず痩せろデブ)
観客「いええええーい!」(いええええーい!)

こういうことがやれるのは才能である。だから彼はすごいと思う。誰とは言わないが。

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こういうおバカ系の流れ自体は、もう止められないだろう。社会が安定すれば芸術文化は貧弱になるという方程式は、もう随分前からの歴史が証明しているところである。このまま金融危機が拡大して実体経済をガチでハチャメチャにしていけば、あるいは何か面白いことが起こるかもしれないが、そこまで酷いことにはならないだろう。失業者は増え続けるだろうけれど、ジンバブエやソマリアみたいなことにはならない以上、生きていくことはできるし、その程度の社会的変質では、文化的変革を生むことはない。突然変異の一粒種みたいなアーティストが出てくることはあり得るだろうけどね。

こんなことを書いているのは、バラエティが弱くなったからじゃない。バラエティはバラエティで構わない。朝から晩までニュースとドキュメンタリーと高校講座ばっかりやっていたら逆に異常で恐ろしい。クイズ番組という、かつては一応知的好奇心を相手にしており、知を賛美する位置にいたはずのものが、真逆の場所に足を下ろしたということに、ちょっとした危惧を抱いているというだけなんだ。

ニュースだってそう。政治家には政策の話をしろと言うくせに、自分どもの番組では政策の内容なんかろくすっぽ報道せずにスキャンダルと失言・醜聞ばかり掻き集めてCMのサンドイッチにしている。日本のニュースは海外のそれに比べて、殺人事件や拉致監禁などの事件報道が異常に多いと聞いた。要は、大局を報道することよりも、面白い個人を見つけてきて祭り上げ、お茶の間の前で解剖してみせることの方が視聴率になるということだ。出歯亀根性とはマスコミを揶揄する言葉だったのだろうが、今やお茶の間もみな出歯亀に等しいのだから、どっちもどっちだなぁ。

去年の書籍発行部数ランキングはケータイ小説が上位独占、10位以内はそれとタレント本のみというクレイジー極まりない自体だったが、今年はどうだろうな。

コメント

投稿者:ハマカワ (2008年12月29日 23:47)

うーん。うーん。。。

未曾有。

これ、「みぞう」だと思っていたのですが、「みぞうゆう」が正しいんでしょうか??
ほかの人だったら「おめーそれこっちが正解じゃねいのー」とわりと簡単に言ってしまいそうですが、
谷さん相手だとなんか自分が間違って覚えているような気がしてしまうのであります

おばかブームで思うのは
おばかのフリして視聴者を楽しませてくれている「おバカタレント」を本当におバカと信じている視聴者の脳みその筋肉がやばいということです
そういうひとはチャップリンとかエノケン見せても「おバカ」ひとくくりなんではないかとさえ思えるのです
マジレススマソ

投稿者:Kenichi Tani (2008年12月29日 23:52)

ごめん、「なぜか変換できない」は、漢字がわからないバカをこきおろすネットスラングなんだ。当然「みぞう」だよ。

バカのふりは、ボビー・オロゴンが実はとても日本語がうまくかなり難しい漢字も読める、ということを知って、俺もだまされたと思った過去があるよ。

投稿者:みあざき (2008年12月30日 13:19)

父は、日立世界不思議はっけん!の野々村真が素っ頓狂な答えを出すたびに「台本、台本」って言うよ。絶妙すぎる。
昨日のへきさごん?では、つるのたけしが正解だしたらテロップに「このクイズ部分には台本はありません」って出てきた。ちょっと情けなくなった。
台本をも読めない首相。ちょっと前まで日本の子供は漫画をよんで難しい漢字を覚えるようになるんだっていう噂もあったのにね。台本を書く人にはルビふりまで求められるようになるかしら…。ふぁいと!

投稿者:Kenichi Tani (2008年12月30日 17:05)

野々村、だとしたら、台本読む能力が半端ねーな(笑)。あそこまで的確にやられたらたまんねーわ。

首相の漢字ニガテは別に僕自体はどうでもいいと思ってます。首相の無知よりもっと酷い無知を身近な大学生とかでさんざん見ているので。「首相なら漢字くらい読めてよ」とか言いつつ自分は読めないっちゅー人は、「義務教育終えたんなら漢字くらい読めよ」あるいは「へ?大学出て漢字も読めないの?バカなの?裏口入学なの?」くらい煽ってやりたい。

投稿者:ikuyo (2008年12月31日 03:56)

ひとつだけ違うと思います。
社会が安定すれば芸術文化は貧弱になる、というのは
ちょっと違うのでは?と思います。
社会の安定とお金の無い所には文化は発展しない。
のが歴史的事実だと思うのですが。
文化の定義が違うのでしょうか。
おっと、麻生さん的になってしまった。

投稿者:Kenichi Tani (2008年12月31日 04:37)

まず芸術と文化を切り分けて論じる必要があるでしょうね。僕が想定しているものは「芸術」の比重が強いです。

強靱で革新的な芸術の誕生の背景には、社会的混乱や思想的衝突がある場合がほとんどです(悪魔の証明になっちゃうので「必ず」とは言えませんが)。自然主義文学の勃興の裏に市民革命があり産業革命があり、シェイクスピア作品の裏にペストや戦争があり、ロック音楽の誕生の裏に人種差別や世界大戦があり、表現主義絵画の裏に革命や戦争・内戦などがあったように。

もちろん「社会が安定すれば〜」と書いたのは、文学用の言葉づかいであって、論文用のものではないから、厳密に論証せよと言われれば無理です。社会の安定が生む文化もそりゃあるでしょう。友禅染とかモンゴル相撲とかでしょうか。僕が興味ないというだけで。

投稿者:のすたる爺 (2009年01月09日 18:51)

ブームに火がついた時点で違和感がありました。

今、世間で、行われているのは「『彼らはお馬鹿のふりをして、実はお馬鹿ではない』ということに気が付かないお馬鹿のふりをして実は気が付いているんだもんね」というゲームなんでしょうか。

でなければ、昨年末くらいから各タレントサイドから出てくる「お馬鹿はもうやめ」にしたい風の観測気球に「今まで、よくもだましやがって」になるはずです。

そう言えば、今は昔、某クイズ番組で奇跡的な正答率で有名だった「はらたいら」さんも正解を事前に教えられていたという話がありますね。これの逆方向版ではないかと。ただし見る側がだいぶひねた存在に変化したということではないかと思うのです。