PLAYNOTE 最近の日記

2008年12月13日

最近の日記

[雑記・メモ] 2008/12/13 20:37

最近のただの日記。

12月頭は韓国の劇団のホスト役みたいなことをしとって、それがえらい忙しかった。相変わらず終わらない源氏物語のプロットを頭の中で練り練り練りつつ、10時-10時でスタッフ仕事。死ぬー。

チェリーブロッサムハイスクール、アロッタファジャイナと割と楽しみな公演が二つあって、それは楽しんで見れた。どっちも作家さんが好きなんだな。僕は結局、作家と演出でしか芝居を観ないんだなぁ。俳優力はあって当然なんだけど、最終的に評価するのは作家力だなぁと。

僕が今面白いと思ってる劇団は、上記二つの他で言えば、ハイバイ、サンプル、黒色綺譚カナリア派とか。どれも最近忙しくて見れてないから最新作がどうたったかは知らない。同年代で言えば柿喰う客は面白いし、野心と可能性を感じるので好きである。来年は中屋敷くんとガチンコ対決が一局用意されているので今から腕が鳴る。柿喰う客はゴシック体、うちは明朝体。最近公演ないけど本気の時間堂はいつも面白いので本気の時間堂やリュカ.、あぁ、あと乞局がコンスタントに面白い。下西さん。風琴工房は毎回やってることがアグレッシブに違うのでフォローしたい。あとはまだ何かある気がするけど今ぱっと出て来ない。

ところで今、タイニイアリスの事務所にいて、仕事しながらモニター観てたんだけど、今やってる劇団、これは面白いなぁ。アリスの芝居をモニターで観て面白いなんてこと割と稀なんだけど(←問題発言・笑)、この劇団、新宿二丁目界隈にあるゲイバー? だかスナックだかが拠点になってるようで、ほとんど宣伝してるの見た覚えないんだが連日満席、完売である。いろんな界隈があるものだ。

内容はゲイの人々が勤めるお店での事件を描いている一部と、二部に入っていきなりレビューショー。すごいテンションですごい面白い。「では最初はお待ちかね、ブラジルのカーニバルですー!」みたいなこと蝶ネクタイのおじさんが言って十二人くらいゲイ役者の方々が出て来て踊り狂っている。MCを聞いているとゲイネタ・二丁目ネタのオンパレードで、客席がどっかんどっかん沸いている。これこそタイニイアリスでやるべき演目だな! すばらしい。同じくゲイ劇団として有名なフ○イングステージとかも観てみたいなー。

なるほどね、こうやって楽しんでやるものなのね、演劇ってのはね。お客さんも、劇の内容はもちろん、終演後の交流も含めて本気で楽しみに来てるし(気に入った子がいたらボーイに声をかけてくれ、だと・笑)、やってる側も覇気とエナジーに満ち満ちている。すごいなぁ。

で、僕は台本が書けないまま、ここ一ヶ月くらい庶務雑務挨拶仁義に振り回されながら、いまだに源氏物語と格闘しているわけだけれど、これは本当に難しい。やおい。やまなし、おちなし、いみなし=やおい、だけれど、源氏物語はマジでやおいだ。が、やおいなのに、人間性を深くえぐり、軋轢や失望を澱みなく描き、宗教観(つまり今の言葉で言えば哲学だな)すら漂わせている。物語の構成・展開のさせ方が、西洋的なオーソドックスとまるで異なっているから、西洋的な文法の上に立脚している現代演劇理論、あるいは俺の演劇理論で劇化するのが超難しい、っつーか半ば不可能ですらある。キャスティングに1000万円くらい使ってよければやれるだろうけど。

光源氏ってどんだけだよ、と。光ってるんだぞ。イケメンで、知性を感じるフェイスで、しかも光るくらい美しいって、日本中探してもいねーよ、と。どーすんのこれ、どーすんの。

そんなときにゲイのステージを見て、なるほど、こうやればいいのか! と膝を打つ俺は、かなり間違っているのかもしれない。正しいのかもしれない。つか、正しいも間違いもどうでもいいのかもしれない。なら何がイイのか? ゲイのステージを見て、わかったこと、楽しんでやれ、楽しませてやれってことなのかしらねぇ。コーヒーと煙草のやりすぎで胸が痛いが、それは決して化学物質のせいだけではないと思うんだ。

すっかり遠のいてしまった記憶だが、こないだ子供の葬式という奴を生まれて初めて体験したのだが、あれほどやりきれないことはないな。ぽっかりとした喪失感が、狭く、深く続いている感じで、恐ろしかった。ぶっちゃけ、その子と深い仲の人間なんて、両親と一握りの親戚しかいないんだから、誰にとっても他人事であっていいはずなんだが、他人事どころかまさに自分の問題という印象を受けた。生きると言うことはこういうものなんだが、さぁお前はどう答える? みたいな。答えなどない。

昨日、僕がクリスマスイブに出演する舞台(ジョークではないです)の稽古が終わって、明大前の駅前をふらふらしてたら、ブーマーと京子とレッドにばったり出くわした。まずブーマーと京子に会って、立ち話をしていたら、レッドが通りかかって、ブーマーが「だからやだ、この街、きもちわるい」と言っていて、俺も笑った。ブーちゃんに会えたのが嬉しかったなぁ。僕の原点である騒動舎はついに解散、かと思いきや、社会人サークルになったそうです。げらげら。

そういやこないだ参加した本読み会は面白かったよ。ピーター・シェイファーという『アマデウス』で有名な作家を取り上げて、『エクウス』っていう佳作を読んだんだが、あれは一口に言って西洋や近代というものに対する作家の巨大な憤りとクエスチョンマークなんだろう。道徳や合理性というものは、ずいぶん前に、それこそニーチェの時代から批判されている気がするんだが、結局、宗教というものを失ってしまった僕たちが、すがりつくしかないものって、道徳とか合理性だけなんだよねぇ。合理性と言っても、本気で自分の力で地球が自転してることを確認できるスキルのある奴なんて全人類の1%もいないんだから、大半の人間にとって科学も宗教も信仰が生んだ賜物という意味では違いはない。ずいぶん話がそれたが、『エクウス』のような、オリジナルで骨太で、詩的な作品が書けたなら、ようやっと死ぬ準備が整ったと言えるだろうし、そのためには僕は仕事を選ばなきゃならないと思うんだ。

今年は『マリー』『ジャニス』の他に、市民劇の『ロミオとジュリエット』、短編『ソヴァージュ』、お蔵入りの『漱石』、初ミュージカルの『若草』、短編『血サンドイッチ』などあれこれ手掛けたね。『マリー』『ジャニス』以外の作品の方が、自分の経験値を広げるという意味では重要だったのかもしれないけれど、自分にとって Crucial だった作品は、やはり『マリー』と『ジャニス』だったなぁ。特に、『マリー』は終わった後は後悔も多々あったが、やはり最終的に最高傑作になったんだと思う。『ジャニス』は彼女の骨を埋められた気がして満足である。

今日は一睡もできないと思う。あ、舞台終わった。仕事も終わったし、無間地獄に帰る準備をしようかな。