PLAYNOTE ジャック・ケッチャム『閉店時間』

2008年12月05日

ジャック・ケッチャム『閉店時間』

[読書] 2008/12/05 18:14

僕にとってのジャック・ケッチャムは、もはやシェイクスピアやカフカや芥川龍之介と同じくらい、自分にとって重要な作家になっているのかもしれない。

猟奇的で残虐でグロテスクで悲観的で、でもどこまでもヒューマニティーを感じるアメリカの作家、ジャック・ケッチャムの邦訳最新作。全部で四つの短編が収録されているが、短編とは言えどれも読み応え感ぎっしり。

表題作の『閉店時間』は、別れた一組のカップルと、閉店間際のバーを狙うサイコな強盗犯の物語。三者三様の視点から語られるストーリーが徐々にクロスしていき、最後は二人の死によって幕を閉じる。作者自身はこれを、911テロで物語が書けなくなった、そのリハビリのために書いたとしている。つまり、現実世界でフィクションを遥かに上回る恐怖が現れて、筆が持てなくなったケッチャムが、その「恐怖」の根源をあえて正面から見据えて描くことで乗り越えようとした作品、と紹介されている。

確かに「恐怖」を題材にした作品であるし、ケッチャム本人が後に気づいたように「喪失」をテーマにした作品でもあるのだが、僕は「愛」の作品だなぁと思って読んでいた。『ロミオとジュリエット』のように、引き離された二人の男女は、死によって結ばれる。恐怖に心を突き刺されながらも、自分自身の安全や命より相手のことを思う二人の男女の姿が、ケッチャムの巧みなるリアリズム描写によって胸に迫る形で描かれている。

それに、もともと恐怖について十分に詳しかったはずのケッチャムが、あえてまた恐怖を真正面から見据えた作品ということで、人間をゆするときに役立つテクニックが満載だよ。この強盗犯の手際、台詞、性格、心理描写、いずれをとってもあまりに生々しくて恐ろしかった。

『ヒッチハイク』は不幸にも脱獄直後の三人組の悪漢と、頭のぶっとんだ元同級生に偶然巻き込まれ、レイプと強盗と殺人の渦中にからめとられていく女弁護士のお話。これは、面白かったなぁ。延々と心理描写や情景描写をやっているような退屈な作品ではなく、物語の推進力がきちんとあるから、それこそミステリーや推理小説を読むようにぐいぐい読めるし(ケッチャムは決して娯楽作家ではないと思うが、娯楽的要素の配し方が実にうまい)、その最中で描き出される人物たちの恐怖や不安、思想といったものが、実に個性的でぶっ壊れていて、人間というものを考えさせる。

これだけ歪んだ、クレイジーな社会になっているよ、と人は言うけれど、そういう歪んだ・クレイジーな人物を描けている作家というのは実に少ない。ケッチャムはもちろん例外であるが。

『雑草』、これがすごかった。「レイプが趣味」というイカれたカップル。レイプと言っても、カップル内での擬似レイプなどではなく、文字通り二人で結託して別の少女をさらってきて、それを二人で犯す、という凄まじい趣味を持った二人。次々と若い娘をさらって犯し、トラウマと言うのも生温いほどの心理的外傷・損失を与えてから帰すか、殺してしまう。

どんな凶悪犯なんだろう? と思うだろう? それが、そうでもないんだな。二人は、お互いへの愛の証として、別の娘を連れてきて犯すだけ。シェリーという名の女は、いっぱしの人間なみに凶悪犯罪へ憤り、身近な人間への同情心を持ち、花やぬいぐるみを見て「かわいい」と思うような女だが、オーウェンのためには娘の服を剥ぎ取り、薬物を嗅がせ、オナニーを強要し、解体してコンクリートに詰めて湖に沈めることに抵抗はない。この辺がリアルで、あまりにも人物が見えてきて、ぞっとする。

レイプ被害者の心理描写も巧みで、思わず舌を巻く。トラウマに苦しめられるレイプ被害者が、ある一件でパニックに陥って、オーウェンに無理やり言わされた言葉を頭の中で呪文のように延々唱えるシーンがあるのだが、凄絶であった。頭の中に、彼女の苦痛と屈辱が染み込んでいるようであった。

最後、『川を渡って』。何とも美しいタイトルだが、川を渡って主人公たちが向かうのは、人身売買や生身の人間の生贄といった蛮行を繰り返すカルト宗教の集落である。時代は19世紀中葉で、まだアメリカがフロンティアであったころの話。ケッチャムと言えば現代の病理、現代の人間の欠損感を描く作家というイメージがあったので、何とも意外であったが、読んでみればこれもまたケッチャムだった。これはケッチャムファンなら是非のおすすめである。

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いやいや、日本の作家の文庫本なんて電車の行き帰りあれば読めちゃう奴がほとんどだが、これは一冊の短篇集なのに二度の行き帰りはかかってしまった。それくらい読み応えはありますよ。

読んでいるときのぐいぐい感は長編の方があるかなぁ。やっぱり初読者には『隣の家の少女』を薦めたいし。

ケッチャムは、多分誰に読ませても「ぐろすぎ」って言われてあんまりシンパシー得られなさそうな作家なんだが、俺にとってはもはや最も重要な作家の中に名前を連ねてしまった感がある。是非、キチガイよ、読んでみてくれよ。