PLAYNOTE 金原ひとみ『AMEBIC』

2008年12月02日

金原ひとみ『AMEBIC』

[読書] 2008/12/02 00:01

『蛇にピアス』『アッシュベイビー』に続いて三作目。僕はかなりこの作家を評価しているのだが、これは、評価が渋い。というより、正直に言えば、退屈してしまった。

一ページ目からカッ飛んだ、錯乱文章=『錯文』が綴られている。作家で拒食症である(と言うより思想的に食を遠のけている)主人公の女が、別に酔っ払ってはいないんだが、夜中に一人で、半ば無意識にパソコンに打ち込んだ文章、という設定。へぇ、面白そうじゃん、と思うよね。

いや、確かにこれが十五年前だったらかなり画期的だったんだろうけど、僕はもう全然こういうのには驚かない。だって、痛い女が書き散らかした文章なんて、インターネッツにいくらでも転がっているし、中には現代詩として、あるいは短編小説として「読める」ものすら散見されるくらい。

狂気の描写、なんて評されているようだが、これは狂気でも何でもないだろう。これくらいの錯乱・倒錯は、現代を生きる女子なら誰しもが味わっているんじゃなかろうか。そういう意味では現代少女のアクチュアリティを綺麗にすくい上げていると言えなくもないんだろうが、どうも退屈。ぐいっと引き込み組み伏して、感情移入というか視点の錯覚を起こす導入がなければ、共感はできないし、文章に酔うことはできない。

随所随所に、何というか、予防線めいたものが張られているのも気持ちが萎えるんだよなぁ。もっとどこまでも支離滅裂に破綻していけば、そのエキセントリックさにぐいと気持ちを引っ張られることもあったんだろうが、それもない。「わかってますよ、痛いってことくらい」みたいなスタンスが出る度に、「はぁ、そうですか、なら黙れ」みたいな気になる。

おそらくこの「錯文」こそ本作において金原ひとみが最も心血を注いだ個性だったんだろうが、今ひとつであった。

心理的な隠喩しての風景描写も意図が透けて見えて面白くない。換気扇に詰められた死体とか、角砂糖の上を這う蟻だとか、この辺だけ急に昭和めいてきて、どうにもこうにも。

半面、物語が転がり出すと、もう怒涛に面白い。本当に描写力のある作家だと思うんだ。ギリシャくらいの何とかいう詩人が、文章の秘訣について「書くべきことを書き、書くべきでないことを書かない、それが秘訣だ」みたいなことを言っていて、どうだいこの完璧な定義は、と思うんだが、それがやれているとすら思うんだ。タクシーで家を出て、恋人の婚約者と会う前後なんか、酔ったね、文章に。ぐいぐい読めるし、どばどばアドレナリンが出る。

思うに、『蛇にピアス』にしても『アッシュベイビー』にしても、ああいうちょい壊れ気味な女子的情動を描くに当たって、彼女が才能を発揮し、確実に一般人の書き散らかすネットの落書きと一線も二線も画して「文学」の域に近づいていたのは、この辺の選球眼というか、文章のセンスゆえでしょう。冗長でないし、無理に同情を強いたりしないし、読者をきっちり物語というスロープに乗せて登場人物のすぐ隣にまで運んでくる。書くべきことを書き、書くべきでないことを書かない。文章は、うまい。

結論としては、この作品は好きではなかったが、俺は金原ひとみは才能ある作家だと思っているよ、ということ。ぜひ一度こいつの靴か足の裏を舐め回してみたい。

追記

追記だが、Wikipediaより。

一方、本作では「共有」というキーワードが現れ、また、主人公がパソコンに向かって意味のない文字列を打ち込むシーンが描かれた。これらは意味表記と意味内容といったソシュール、パースなどの記号論的な問いへと小説を引き戻す意味を持っている[要出典]。また、ロシア・フォルマリズムの異化やダダイズム、シュールレアリスムによる自動筆記といった問題とも関わるものである[要出典]。

「AMEBIC」というタイトル自体も、日本語の文学において「私小説」が「一人称」や「私生活」とイコールで結ばれてきたことに対し、「私」の概念を問い直す意味を持ち、かつ「一人称」や「三人称」といった「人称」区別への問いかけを含むものとされる[要出典]。

これは明らかに過剰解釈というもんだろう。

「主人公がパソコンに向かって意味のない文字列を打ち込む」? あれ、意味なかったんすか? 完全、意味ありだと思うんだが。どこでしょうか、意味がない文章、あるいはダダイズム的な場所ってのは。シュールレアリスム的な雰囲気なら感じる部分がなくもなかったが、ダダイズムのような意味性を破壊するような箇所ってあったか? むしろ、錯文は意図的過ぎるほど意図的に、主人公の内実を描く上で意味があるものだと思うのだが。

「これらは意味表記と意味内容といったソシュール、パースなどの記号論的な問いへと小説を引き戻す意味を持っている」って、それはソシュールに謝った方がいい誇張であると思う。「要出典」って書いてあるが、マジで出典どこだよ。もしこの作品を通して記号論を問い直すような論文があれば、読みます。読ませて下さい。挑発ではない、それはきっと、面白い。

二段落目に関しても腑に落ちないことこの上なし。私小説=私生活・一人称の例ではない、創作=私生活・一人称というよくある例だと思う。ややこしいから筆を置くが。

こんな意味や価値のつり上げをしなくたって、金原ひとみは十分に面白い小説を書いているはずなんだから、一枚裏や一段上を読み解こうとして、ぜんぜん違うとこぶっ飛んでくようなこういう評論は、しなくていいと思う。

コメント

投稿者:ハマカワ (2008年12月04日 01:10)

金原ひとみは過小評価されていますよね
デビューの経緯や七光り的アレや本人のバックグラウンドやアヴァンギャルドな作風・モチーフが邪魔しているけれど文章はうまいし描写は的確だし最近の女流作家(若手)ではかなり文学的センスが高いと私も思います

ちなみにAMEBICの主人公が私とおんなじようなことしてて吹きました
領収書の嫌がらせ・タクシー運転手に嘘・酔って錯文・あと**。

投稿者:Kenichi Tani (2008年12月04日 14:14)

その通りですね。キャッチーでエキセントリックな方に軸足を置きがちだけど、もっと自分に誠実な作品を書くと化けると思うんだがなー。

領収書の嫌がらせをやるような奴は煉獄の炎に焼かれるといいよ。タクシーの嘘は僕もやります。「お仕事は?」「演劇関係で…」「キャッツとか?」「はい」みたいな。

投稿者:search engine optimization vancouver (2012年01月13日 08:34)

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