2008年07月17日
精神活動をクリエイティブに活性化させるための方法メモ
今日、本番終了後の役者と電話をしながら、本番を迎えるまでの状態、あるいは稽古に望む状態を創るための方法について雑談した。ここで言う「状態」とは、スタニスラフスキーが言うところの「創造的状態」(=今まさに演技ができる状態)とはやや異なり、あれこれと自由な想像力が闇雲に働く状態、精神的に「躁」な状態とでも言ったらいいだろうか。クリエイティブなアイディアがあれこれと湧き上がり、目がギンギンして精神の姿勢が前傾になっているような状態のこと。感じたことがある人にはわかるだろう。
この活性化された精神状態を用意するために、自分が有効だと思うのは以下のようなこと。
- 十分に起きてから時間が経っており、お腹が減っておらず、性的にムラムラしておらず、トイレに行きたいとかない。
- 心の中に雑念や他の気になる仕事などを残しておかない。目の前の物事に全身全霊集中できるように、他の物事はGTDでも瞑想でもいいから頭の中から追い出しておく。
心身ともに欲求やストレスがない状態を作り出すのはまず大前提。その上で、心を温めるために、音楽はいいよね、って話を最近する。
自分にも経験があるのだが、音楽は精神状態をチューニングする上で実に大事。自分はいざ文章を書くときにはビートルズやモーツァルト等をよく聴く。これは、洋楽あるいはインストゥルメンタルであり、耳馴染みのある、リラックスできる音楽であるというくらいの意味。いくら洋楽やインストでも、耳馴染みのない曲を聴いてしまうと自分自身がアウトプットする必要のあるときに精神がインプットになってしまう。
着想を練っている段階のときには、言語・語彙的に刺激の強いものか、ムードとして今書こうとしているものに適切なものをよく聴く。言語・語彙的に刺激の強いものの代表例は、自分にとってはブランキージェットシティやナンバーガール等。これらを聴くと、日常的な統語法に支配されていた言語野が、その鎖から解き放たれて自由になる。気がする。ムードが適切という意味では、例えば今書いているジャニスのためには当然ジャニス・ジョプリン本人のものや、あるいは60年代ロックとしてドアーズやジミヘン、ベルベットアンダーグラウンドを聴くか、古いブルースやジャズを聴くのがいい。確証はないが、そのとき中心的に聴いている音楽の「色」が、そのまま作品の色やムードに直結しているような感じがしている。確証はない、立証はできないが、感覚的にはほぼ間違いない。
心を活性化するために向くもの、向かないもの
音楽以外に話を広げると、以下に挙げるようなものは心を活性化させる上で実に有効だと思う。
- 音楽
- 抽象的な絵画
- 文学作品
- 匂いや味
- 場所・風景
反面、以下のようなものは不向きだ。
- 漫画・アニメ
- 映画
- 新聞記事や雑誌の記事、論文や新書など
- 写実的な絵画や写真
- TV・お笑い
前者のグループと後者のグループの明白で決定的な違いは、抽象の比率が高いか、具象の比率が高いか、だ。
かつて確かキルケゴールだったと思うが、読書は人の考えをなぞるばかりで自分自身の創造的な精神の活動をスポイルしてしまうからやめろ、みたいなことを書いていた。ここで言っているのもまさにそういうこと。前者のグループはどれも抽象度が高く、裏を返せば自分自身の精神がアクティブに・積極的に働きかけていかないと感じられない。後者のグループは内容が具象的・具体的であることが多く、パッシブに・受動的に受け取ることができてしまう。
無論、いずれも傾向があるというだけで、新聞記事に想像力をガンガン働かせて読むこともできれば、抽象画をただなぞるように見ることもできてしまうわけではあるが、精神の活動性に対する誘発力という意味で言えば前者のグループと後者のグループでは随分差があるように思える。また、資料性という意味で言えば価値は逆転するだろう。たとえば人物のディテールを参考にするために映画を観るとか当時の時代背景を探るために新書を読むとか、特殊な業界について知るために漫画やネットの記事を読むとかは貴重な準備だが、これはまた別の話。精神がアクティブになることとはちょっと違うのはわかってもらえるだろう。
精神を潰れたクッションにしない
例えば三年間ソファの上に置きっ放しのクッションを想像してみて欲しい。精神がこういう状態になっているときに、いくら頭を捻ってもアイディアは出て来ない。クッションは定期的に埃をはたき、洗濯し、日光に当ててふわふわにしておかないと、ふんわりとしたあの感触を味わえない。想像のための精神も同様である。ブラウン管やパソコンのディスプレイから垂れ流されるイージーでキャッチーでアクセシブルなものばかり受動的に受け止め続けていると、ぐんにゃりと潰れてしまって、その精神(あるいは頭脳、想像力)は受け止めること以外できなくなってしまう。
精神をアクティブに・外向きに働かせ、かつ、抽象的なイメージの中に遊ばせる。具象的でソリッドな物に対する思考(事務作業など)だけでは創造性に満ちた精神状態はなかなか生まれてこない。
まとめると、
- 心身ともにストレスフリーに
- 抽象的なものに触れて想像力で飛べ
この二点が大事なはず。前から思っていたことだが久々にそんな話をしたので文章にしておく。
これで足りなかったら、酩酊する。これも意外といい手だよな。
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投稿者:小櫃川桃郎太 (2008年07月17日 14:47)
あー、確かに。
倒れる寸前まで寝不足になってから、がっつり寝ると、急に全てが繋がったりしますね。
私は、創作中に聞くのは三味線や尺八が多いです(笑)。
昔の人ほどいいんですよ。三味線なら高橋竹山とか。
シンプルな方が、想像力ってひろがるんでしょうね。
余談ですが、一座の作品を創る時、曲から決まる事も多いです。
投稿者:なお (2008年07月18日 08:28)
あいぽっど買おうね。
買おう。
あと、雑談じゃなかったよ。
投稿者:Kenichi Tani (2008年07月20日 01:38)
>小櫃川さん
睡眠のとこにがっつり食いついて来ましたね(笑)。
でも、三味線や尺八がイイってのはわかる気がします。表現として殺ぎ落とされている分、受け手側の自由度が高くなりますよね。
>なお
買おう。誰か買ってくれないかな。。。
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