PLAYNOTE チェリーブロッサムハイスクール『その夏、十三月』

2008年07月02日

チェリーブロッサムハイスクール『その夏、十三月』

[演劇レビュー] 2008/07/02 03:27

作家の方と奇妙な形で知り合いになって、時間堂でご一緒した星野さんという煮沸する血液とぬいぐるみのような柔らかい美貌をを持った素敵女優さんが出ていて、公演自体もあちこちで話題になっていたので観に行った。新宿サンモールスタジオにて。

僕は作家業が本職なので、同業の方を滅多に手放しで誉めたりしないが(例外はハイバイサンプル、カナリア派くらい)、ちょっと信じられないくらい面白かった。

美大出身者やらダンサーくずれやら写真家やら俳優やら、アーティスト気取りの若者を集めて生活させる「アート・アパートメント・プラン」という行政主導? のアートプロジェクトでの一年+一ヶ月を綴る作品。

特徴的なのは、時系列をさかのぼっていくシーン展開。ぶつ切れのシーンを今から過去へ逆に併置している。やられたなぁと思った。いつかやってやりたいと思っていたことだったのもあるし、草稿も書き下ろしてあったのだが、やられてしまった。無論、過去にもこういう物語の手法をとった作家はいたのだろうが、今んとこ自分は知らない。そしてそれを、こうも鮮やかにやってのけた演劇公演は、間違いなく初めて観た。

この逆時系列の展開を、不親切とかわかりづらいとか言っている人もいるが、ちっともわかりづらくなんかない。むしろ、少しずつ伏線が繋がっていく様に、ちっちゃな「やられた」をあちこちで感じられる。驚くべきはその情報量、個々人のキャラクターの立て方。半端じゃない構成力だ。同業者の端くれとしても、これを書くのがどれほど難儀なことかはよくわかる。そのくせ説明臭くないのがいい。俳優の演技が持つ熱量の中に必要な情報は描き込まれているから、いちいち台詞で説明してやらなくても、想像力が掻き立てられ、余白は十分に埋められる。

俺が思うに、例えば彼女は透明少女。

俺が思うに、一般論として、不親切であるというデメリットは、想像力の余地があるというメリットの裏返しだし、わかりやすいということは、想像の余地がないというデメリットの裏返しで、そのバランスがちょうどいいポイントを探すことが劇作において最も難しいことの一つとさえ言える。某所の評価が最低点1点から最高点5点まであるのはそのせいだろうと思う。自分にとってはこれがちょうどいいバランス。よくここまで練ったものだなぁ。

一つ構成的に残念な点を上げるとすれば、前述のちっちゃな「やられた」だ。あちこちに点在するこの「やられた」が、それだけで十分に面白く、が、皆まで言わない一種の寸止め感があるために、人によっては描き込みが足りないと言われたのだろうと思う。ただ、俺が残念だったのはそういうことではなくて、ちっちゃな「やられた」がきちんと観劇意欲をそそり続ける構成であったのに、ラストの落とし方が今一つすっきりしなかった。近藤や館野、波那が何故昨年度の再現という突拍子もないことをやらかしたのか、そこんとこで最期の「やられた」が待っていると思ったら、来なかった。ここで寸止めせず、思い切り射精させてくれれば! それも好みといってしまえばそれまでではあるが、俺は最後にどばっと出したかった。

構成的なことから論点をずらすと、言葉の選び方が実に良かった。作家さん、聞けばロックを愛するお人柄らしいが、さすがである、言葉の一つ一つが刺々しく密度がある。締まりのない、場つなぎのための言葉がほとんどない。殺ぎ落とした、研ぎ澄まされた言葉がある。「きちんと言葉を武器として使える作家が減った」とは、三十年くらい前に確か村上春樹が嘆いていたことだったと思うが、演劇もその通りだ。ましてそれから三十年後の今はもっとそうだろう。本作は、何も知らない人が見れば「現代口語演劇ー?」とか言っちゃいそうだが、全く違う、リアリズムではあるが散文ではない、密度のある、“とがれた”言葉の聞ける芝居だった。

その、研ぎ込まれた言葉を携えた俳優たちが燃やす情念の深さがまたいい。どこにでもいる普通の人の日常を窓の隙間から覗き込むような最近流行りのスタイルとは一線を画す、沸騰していて尖っている俳優の在り方。そうだよ、こういうのが観たいんだよ。つまらねえいざこざはてめえのアパートメントでやってろ。駅のホームや新宿の路上でたまに見れるからそれで十分だ。人によっては頼りなげな人もいたが、軒並み俳優の身体から立ち昇る熱量が半端ではなく、引き込まれて見れた。

特に良かったのが渡部ラム氏、山崎広美氏、小坂萌氏、荒川修寺氏、岩崎正寛氏、そして作家であるはずの小栗氏。一人一人がエース級の良さだったのだが、それがこうもまとまって出てくると目を離せない。真実味のある感情に裏打ちされた熱量を持ちながら、あのテンポの良さをキープしていたのも凄い。大抵、俳優が情感を込め始めると途端に芝居は遅くなり、かったるくなってくるものだが、さくさく・ざくざく感情を突き刺しあってさっさと次へ次へ進むこの展開。見ていて気持ちがいい。ドライでソリッドな会話劇というのを久々に見た。

この芝居を学生劇団とかにやらせてみたいなぁ。わめくばっかりで鬱陶しくて、きっと見ていられないものになるだろう。そういう意味では真実味を込めて演じた俳優陣に拍手だし(これ演じるの疲れるだろうな)、難しい舵を取りバランスをとった演出家の手腕に拍手。この作家にこの演出、いいタッグである。うらやましい。

やたらと褒めちぎっているように見えるが、実際本当に面白かった。やはり一点、構成にペリペテイアがあれば…とは思ってしまうが、十二分以上に楽しめる二時間だった。これで平日昼割2300円は安過ぎる。いいものを観た。

脚本家が勝っている芝居を観ると嬉しくなる。日本の劇団は脚本家不在と言われて長いものだが、たまにこういう人がいるから嬉しい。でも何故かあっという間にテレビとか映画に行っちゃったりするんだよな。