PLAYNOTE リヤンナの錆びた指輪

2008年03月07日

リヤンナの錆びた指輪

[雑記・メモ] 2008/03/07 01:17
ryanna-ring.jpg

今書いているものが上手く行かないので、気晴らしにいい加減なものを書いた。構成もなければ中身もない、実にいい加減なものである。

リヤンナの錆びた指輪

罪人に対する罰が公国一厳しいことで知られるリヤンナの街で、一人の宝石店のおかみの罪が暴かれた。店の金庫から十年余りに渡って金を盗み続けていたのである。無論、亭主は何も知らない。事実を知ったとき、日曜ごとの釣りと店のガラスケースを磨くことくらいしか趣味のない赤ら顔の亭主は、赤ら顔をもっと赤らめて、大事な店の壁に拳で穴を開けたと言う。

おかみの名はマリヤと言った。彼女が盗み続けた金は、総額200万ルルックにも及んだということである。窃盗に関してはその被害額に応じて累進課罰が定められているリヤンナの法に照らせば、マリヤに課さるべき刑罰は、上から二つ目、善良なる市民らによる嬲り殺しに当たった。被害者から罰の減免が願われれば生皮剥ぎの上腰布一枚で街路に十三日間曝される剥ぎ曝しの刑にまで軽減されるが、赤ら顔の亭主は減免を申し出なかった。

嬲り殺しに当たっては、市民から一人の「英雄」が募られる。リヤンナの街では、誰しもがやりたくないが誰かがやらねばならぬ類の仕事をする者は常に尊敬の念を持って仰がれたから、堵殺や墓堀りは経済力はともかく威厳という点では街の議員にも劣らなかった。刑罰の執行を担当する者は渾名のように英雄、英雄と呼ばれ、あえて自らの手を血に汚した勇敢に対し、市民から最大の敬意と賞賛が払われるのである。

マリヤの嬲り殺しにあたって先導役を募った際、一人の貧しいグラス職人が迷わず手を挙げた。彼が作るグラスは旅行者の間では人気があったが、質素倹約を美徳の華とするリヤンナの街では流行らなかったため、彼は常に貧しかった。グラス職人の名はニルと言った。ニルは、先導役の名乗り出を待つ街広場の聴衆の前でおずおずと手を挙げた。聴衆は沸いた。ニルが耳をつんざくような拍手と歓声に包まれる中、大公はニルに処刑用のノコギリ刀と先導役であることを示す赤い星のついた帽子を与えた。これから一週間、ニルはこれをかぶって暮らす。

街ですれ違う人は皆一様にニルの勇気と正義心を誉めた。パン屋は焼き立てのパンを大きな袋にどっさり詰めて彼に渡したし、お菓子屋は中国の銅鑼みたいに大きなアップルパイを焼いて届けた。仕立て屋は身動きがとりやすく、かつ返り血の目立たない黒いオーバーコートを仕立てて渡した。学校の先生は徳育の授業で生徒たちに、彼は勇敢で高潔な人です、皆さんも嬲り殺しのある際には真っ先に手を挙げることのできるような大人になりましょう、と説いた。生徒たちは内心怯えていたが、そんなことはおくびにも出さずに元気よく返事をした。

ある晩、ニルが牢獄を訪れた。見張り番の男は規律を破ってまでニルとマリヤの面会を許すことを躊躇ったが、ニルが彼の上役と昵懇であると聞き、渋々例外的処置を許した。

ニルは罪人に声を掛けた。
「マリヤ。来た。」
罪人はニルに声を返した。
「来たんだね。」
ニルは声を返した。
「あぁ、来た。」

二人は夜が明けるまで話し合った。マリヤはニルが約束を守ってくれたことに感動し、涙を流して喜んだ。ニルは、役人と警察の暴行により髪の毛をむしられ顔を火で炙られ乳房に針で無数の穴を開けられ体中に熱湯を掛けられ赤剥けた身体で牢獄に転がりながら歓喜の涙を流しているマリヤを見て、恐ろしさに身のすくむような思いをした。

「私の罪が暴かれた以上、殺されるなら貴方の手に掛かりたい、いや、そうでなければ駄目。」
マリヤとニルは十年余り不倫関係にあった。マリヤはニルの正直で素朴なところに惹かれたと言うが、実のところはニルの顔が彼女の父親に似て飛び切りハンサムだったからに過ぎなかった。ニルはマリヤの優しさに心奪われたと言うが、実のところはマリヤが毎晩小金をくれるから抱いてやっていたのに過ぎなかった。そのくせ二人は心の底からお互いを愛していると信じ込んでいた。

が、今となれば話は別である。ニルはかように残酷で嗜虐的な拷問に曝されてもなお「盗んだ金を何に使ったのか」という問いに口をつぐみ続けたマリヤに愛と感謝を感じていた。自分まで嬲り殺しに合わなくて済んだ、という、利己的で小心な愛と感謝であったが、だがニルは愛するマリヤのためにあえて彼女の願いを聞き入れた。自分が嬲り殺しにあう際には、どうしてもニルの手に掛かって死にたい。

ニルは、手を下すなら自分しかない、という義務感が少しと、マリヤへの愛と感謝がもう少し、そして、頼みを聞き入れなかった場合、やけになったマリヤが嬲り殺しの最中に二人の関係をバラすのではないかという恐怖を大いに大いに感じたため、広場で手を挙げた。別れ際、ニルはマリヤに指輪を渡した。愛の印だと言って渡したが、いつか街外れのスズカケの森で偶然拾った、さびついてみすぼらしい指輪だった。マリヤは涙を流して喜んだ。取り調べ中のリンチのせいで、もう目はとっくに見えていなかったのが幸いだった。

マリヤは幾度も幾度もニルに礼を言った。
「ありがとう、ありがとう、私の愛する人、私の心臓、私の愛。私、これっぽっちも後悔なんてしていないわ。逆に今、嬉しいくらい。こんな醜い姿を見ても、あなたはまだ私を愛していると言ってくれる。私のお願いを聞いてくれる。こんなに強い心の絆が得られたのだもの。死の刃がどうして恐ろしいものですか。それに、その刃はあなたが振り下ろしてくれるものでしょう。恐ろしいものですか。私、私、嬉しいのよ。嬉しいから私、泣いているの。」

ニルはあまりにマリヤの話が長いのにうんざりしていたが、最後はきちんと髪を撫でて優しく声を掛けてやった。もう残り少ない髪を撫でて、これで最後になる優しい声を掛けてやった。そうしてニルは牢獄を後にした。

果たして執行の日がやってきた。朝、マリヤは、広場の中央に立つ柱に鎖で繋がれた。雄牛を繋いでおくために使うものを塗り直して作った罪人用の赤い鎖だ。柱の影が一番短くなったとき、すなわち正午過ぎに嬲り殺しの処刑は始まる。

通行人の男が、
「あと小一時間だぜ。それで終わりだな。」
と声を掛けた。マリヤは恐怖に慄き、小水を漏らした。火傷がただれた皮膚に黄色い小便が掛かって、皮膚が燃えるような痛みをマリヤは味わった。それを見て面白がった男たちは、マリヤに立小便を引っ掛けた。マリヤは堪え兼ねて立ち上がり逃げ出したが、鎖が伸び切ったところで前に突っ伏し、顔と胸を地面にしたたか打ちつけた。嬲り殺しの開始に合わせて集まって来る観衆たちに林檎を売ろうと考えて荷車を引いてきた老婆は、面白がって荷車で倒れ伏したマリヤを轢いた。マリヤが「うえげぇ」とカエルのような声を出したので、男たちは老婆にもう一度、もう一度とせがんだ。老婆は二度三度とマリヤを轢いた。広場は笑いに包まれた。

正午になると、神父やら警察署長やら大公の代理人やら役人やら議員やら、街の名士連中らを後ろに従え、ニルが広場に辿り着いた。頭上には例の赤い星のついた帽子を被っている。神父やら警察署長やらあれやらこれやらのお偉いが一言ずつニルの勇気と献身的勲功に賞賛の言葉を送ったが、ニルはマリヤが何か言うのではないかと肝を冷やしてそれどころではなかった。ようやくすべての挨拶やら訓示やらが終わると、ニルはマリヤの元に歩み寄った。

よく手順のわからなかったニルは、役人に訊ねた。
「もういいのかい?」
「えぇ、どうぞ、ニルさん。何か仰りたければ仰って頂いても。」

最愛の男の名を聞いて、死にかけていたマリヤの精神は再び息を吹き返した。マリヤは身体を起こし、必死に笑顔を作ってニルに一言「ありがとう」と言おうとした。もはや原型を留めぬほどに焼けただれ膨れ上がり皮の剥げたマリヤの顔が作る笑みは、醜悪としか言いようがなく、誰一人それが笑顔とはわからなかったのだが。

ニルは、何か言われてはまずい、と、まず真っ先に喉笛を切ることにした。肌に手を触れるのが嫌なので、髪の毛を掴んで顔を持ち上げようとしたが、髪がずるりと抜けて試みは失敗に終わった。やむなく肩口を持って女を仰向けに転がしたが、手に何か黄緑色の体液が付着して、ニルは実に嫌な心持ちがした。マリヤは、この手はニルの手に違いない、と思い、その愛する人の名を呼ぼうとしたが、すんでのところで踏み留まった。ここで彼の名を呼べば、これほどの屈辱とこれほどの激痛に耐えてきた自分がすべて無に帰る。だがせめて一言、何か声を掛けたい、彼もさだめし苦痛に心を歪めていることだろう、それを癒してやるような一言を掛けてやりたい。そこでマリヤは、ニルとの関係が露見せず、怪しまれず、しかしニルにだけは愛と感謝が伝わるような絶妙の一言を思いついた。

思いついたところで喉笛を掻き切られたので、結局それが何であったかはニルは知らない。そして興味もなかった。むしろ、今目の前にあるグロテスクな死に損ないを、早く物体に変えてしまい、自分の仕事を終えてしまいたかった。殺してしまうことが自分の罪滅ぼしなのだと思っていた。ニルは心底、こんな女と関係を持ってしまったことに後悔と不愉快を感じていた。徳義心からと言うよりは、やはりただ恐怖と面倒のためではあったが。ゆえにニルの仕事は早く、かつ的確であった。広場に集まる群衆の嗜虐心を満たすだけの残虐さを十分に備えた彼の仕事は賞賛を浴び、彼は向こうしばらく英雄、英雄と言ってもてはやされた。ニルの刃によって絶命させられたマリヤの死体は、興奮に包まれた若い男たちの標的となり、散り散りになるまで粉砕され切り刻まれ、砂にまみれて赤黒い小さな肉片に変わった。

マリヤの胃袋からニルが渡した錆びた指輪が転がり出て来たが、ニルを含め誰一人として何故この女であったものが指輪なぞ飲み込んだのかは検討がつかなかった。理由は簡単である。彼女の指は昨夜の時点ですでに自由が効かないほど痛めつけられていたため、指輪を指でつまむこともできなければ、指にはめることもできず、指もまた腫れ上がって指輪の入る余地がなく、そしてニルの渡した指輪もまた彼の無思慮のために検討外れのサイズをしており、彼女の指には小さ過ぎた。だから彼女は錆びた指輪を手の平に載せ、口に運んで飲み込んだのである。

ニルは七十二歳まで生きて死んだ。生涯妻は持たなかったが、不倫の恋はその後も二度した。彼のグラスは一生リヤンナの街では売れず、貧しいままであった。

コメント

投稿者:Kenichi Tani (2008年03月07日 01:30)

当初書きたかったはずのものと随分ずれてしまった。最初は、手を掛けるなら自分がやる、という決意をなるべく高潔な形で描き、でもそれが徐々に保身というか世辞というか世間に合わせる自分のようなものに摩り替わっていく様を書きたかったんだが、書いているうちにこっちの方がストレートで面白いような気がして変えてしまった。結果、残虐で素直だが目的地のないものになった。が、それくらいがちょうどいいのかな、という気もしている。

文章が書けないというのは苦痛だな。〆切は明後日だー。

投稿者:みあざき (2008年03月07日 11:25)

虚しい・・・けど、愛ってこんなものかって、いいほうにも悪いほうにも考えちゃうお話でした。自分に目隠しをし、周りを目隠しする、のが、愛か。うわぁ、私には無理ー。マリアがどんな言葉を思ったかなんて、考える時点で無理ー。

投稿者:Kenichi Tani (2008年03月07日 12:31)

こんな長文、しっかり読んでくれて頭が下がります。ありがとう。いろいろな読み方ができるなら、よかったなーと思います。感想嬉しいです。