PLAYNOTE reset-N『繭』

2008年01月26日

reset-N『繭』

[演劇レビュー] 2008/01/26 02:42

ロックンロールとビールを精神疾患へのシンパシーを通して妙な交友をさせて頂いている兄貴分・原田紀行氏が出演していたので、かつフランス帰りの夏井氏の作品に興味があったので観に行った。シアタートラムにて。

テロの標的になったりしている日本。冒頭、いきなり頭ぶんなぐられてカメラと財布をぶんどられた取材記者が登場する下りからすでに、社会がドンドコに混乱していることがわかる。どうやら皇室一同の集まっていたどこぞの会場に航空機が突っ込み、皇室の一族郎党が壊滅したらしい。んで、若い女性の皇位継承者(まぁ、あの人)が一人だけ生き残っている。彼女は周囲の警戒に阻まれお堀を出ることが叶わず、記者会見もさせてもらえない。そんな中で彼女は自分の存在に疑問を抱き、周囲にささやかな抵抗を示していくが、結局最後はしおしおと公務を行う。あと、その辺でテロ第二段が原発に突っ込み、東京も汚染され、帝都全体が集団パニック状態に陥る中、彼女はようやく外に出る。

実にいい加減なあらすじなので信用しないで欲しい。そして、実に入り組んだ、重層的なストーリーであることに加え、何か虫を見ている蚕に詳しい女とか、解釈の幅が実に広く取れる存在がいたりするので、あらすじは全く信用しない方がいいと思う。重要なのは、シーンとシーンの繋がり方だったり、シーン同士のフェードチェンジの具合だったり、重みだったり明るさだったり、俳優の声だったり、そういうところから匂い立つ空気感だ。そういう意味で、演劇でしかやれないことをやっていた気がする。

実に見ていて心地いい芝居であった。俳優12人が客席に正対する形で簡素な箱椅子に座って待機する姿や原発問題に言及するくだりは拙作『Caesiumberry Jam』を追想させ、何か同時代人としての妙な連帯感を勝手に感じたりもした。

俳優達の身体の使い方が実に綺麗であった。絵画的な印象を持たせるコリオグラフィーがあったり、弛緩し切った口語劇的な側面があったりと、演出の幅の広さを感じた。しかも、ゴージャスにどーんばーんとやるんではなく、俳優の身体という一点に表現の芯を切り詰めていく中に演劇への愛と使命感のようなものを感じた。

何故面白かったのかしらん、と考えると、まず作家の透徹な意志が感じられたこと、ということが思い当たる。ポストパフォーマンストークで、「無力感」ということに常に着目してきた、と夏井氏は話していたが、彼こそが最も無力感を感じている一人なのだろう。無論、彼は行動しているし、声をあげているが、だからこそより無力感をも感じるはず。が、手綱を緩めずに、むしろより緊迫した形で表現を研ぎ澄ませて行く姿勢には頭が下がる。そう言えば俺がはじめて見たreset-Nも原子力問題に関するものだった。

何故面白かったのかしらん、その2は、多分舞台の一体感だったのだろうと思う。演出家の意図・世界観が、照明・音響・俳優全体を通して実に綺麗にまとまっていた。まるで何か現代美術の一作品を見ているかのような洗練された感があった。美しい。いいカンパニーなのだなぁ。

他にもあれこれ書きたかった気がするが、以上。面白かったんだから、別にあれこれ言い訳しなくてもいいじゃん。