PLAYNOTE 柿喰う客『傷は浅いぞ』評

2007年11月29日

柿喰う客『傷は浅いぞ』評

[演劇レビュー] 2007/11/29 23:51

現在にしてはとても珍しい骨太劇評メールマガジン「ワンダーランド」に、柿喰う客『傷は浅いぞ』の劇評を掲載しました。

「ワンダーランド」の投稿規約のため、PLAYNOTEには本文掲載しないから、↑のリンクから読んでね。

でも、PLAYNOTEに掲載しないのも悔やまれるので、青森県の人向けに津軽弁に変換したバージョンをここに載せておこうと思う。方言変換道場っつーページで変換したいい加減なもんであるんず。

柿喰う客「傷は浅いぞ」…巧みにして知的、速射砲的台詞の愉楽

どにかく勢いのある、勢いのある劇団であるんず。今年の夏だばモリエール、年末だばお台場、正月にだばトラムど、どんどん拍子だんずごろくば進めてら若手劇団、「柿喰う客」。主宰だばまだ確か二十三歳、劇団員の平均年齢も恐らく二十代前半だびょん。

旗上げ以来、三十名近い出演者数でガリガリど劇場空間ば制圧す、数の暴力どでも形容したくなるような作風で破竹の快進撃ば続けてきだ「柿」が、四人芝居ば打つてすだばんで、へぇこれだば珍奇なこどだね、ど思い、劇場へど足ば運んだばって、ここだんずなさず前言撤回。もだばや数の暴力でね。力技のパロディ能力ど、観客の想像力ば全力でくすぐる言葉の「連ね」。「柿」だば、現代口語演劇全盛の若手小劇場界かまりて、明らかに異才ば放ちながら、単なる異端に終わらね確固たる演劇力ば示してら。

あらすじだば割どどうでもえ気がすだばんでえ加減に書くが、大体以下の通りであるんず。アイドルどしての華々しいデビューのチャンスば生放送中の鼻血てすみっどもねアクシデントで失った矢衾愛弓(やぶすま・あゆみ)だば、マネージャーである一本槍官兵衛(いっぽんやり・かんべえ)の制止ば振り切り、アイドル潰しで有名な番組「電ガル」への出演ば決意す。「電ガル」プロデューサーの太刀花鞘花(たちばな・さやか)だば、かつて肉親が起こした不祥事のスキャンダルによってアイドルの道ば閉ざされて以来性格が捻じ曲がり、アイドル潰しに余念がね。愛弓に対しても、ゴキブリ入りモナカや中空四メートルからの落下、果てだば刃物や画鋲の仕込まれた障害物走など鬼畜的な罠ば仕掛けるが、愛弓だばみんなばガッツだけでクリアしていく。愛弓だば、かつて強姦された上にナイフで腹ば裂かれて殺されかけた過去があり、この程度の罠など何どもねのだ!

ど、筋書きだけ書けばだばっきりどB級なのだばって、これがおもしれから不思議であるんず。普通なら通らね現実感のゲの字もねプロットば、持ち前の筋肉質なパロディ・センスでごりごりど押し進め、リアリティどかどうでもえよどきっちり線ば引いてくれるから、強引なプロットだばアラてすよりむしろウリ。『タッチ』でやったら一気に冷めるような酷い展開も、『かっぱ境ナイン』や『地獄甲子園』で見れば何一つ気になんねのどふっどずで、「柿」の作品だば、真実らしさどか妥当性どかいう鬱陶しい要件ば、見事にページの余白の更に外に追いやってしまうね。

今、あえて漫画的なアレゴリーばうだで使ったが、「柿」だば大体かまりて漫画的な飛躍どか戯画化がまなぐ立つ芝居作りば続けてら。作・演出の中屋敷法仁自ら「妄想エンターテイメント」ど呼び、「人間ば一つも描いてね」ど豪語すほど割り切った、カリカチュアどしゃべるより悪ふざけに近いほどのパロディ。んだばってそったら漫画的な描写の最中に、ふどまなぐが覚めるようなリアルな人物ばアップに映した映画的なカットが割り込んで来るのがたまらね。

今回の劇中でも数度、だばっど夢から覚めるような冷たくグロテスクな人間像がクローズアップされる瞬間が来るんず。この対比が見事だんず。あだりめ、そういった生々しいクローズアップの瞬間よりも、このしゃっこいリアリティへの伏線どして散りばめられた軽薄過ぎるほんつけほんつけしさの奔流こそ「柿」のおエッコ芸ど言えるのだばって、作エッコの視点だば夢からもう覚めてら。漫画的な現代かまりて、もうすでに夢から覚めてら中屋敷が、あえて漫画ば使うから、「柿」だばえど思えるんず。漫画的なものばただ舞台に持ち込んできゃあきゃあどだばしゃいでいるような頭の溶けた愚人どもどだば、明らかにまじがってるレベルで物ば書いてらのだんず。「柿」でだばこの夏、ゴーゴリの『検察官』ば上演したが、しただばんでも今述べた軽薄さど冷徹さの対比が見られたんず。この作風が維持・発展されていくこどば期待す。

もう一つ指摘しておきたいのが、「柿」が武器どして駆使す、散文的ながらも強引な吸引力のある説明台詞のこどであるんず。今回の作中でだば、回想シーンや「電ガル」収録現場での出来事ば描写すために用いてだんず。殺人現場だどか高さ四メートルのセットだどか、舞台上に持ち込むこどが不可能な状況ば描写すために、見立てば使うどか明かりで描くどかややこしいこどだば抜きにして、ひたすら台詞で状況ば説明す、てすこどばしてまるんず。

普通忌み嫌われる説明台詞や回想シーンだばって、これがわのの想像力ばびりびりど刺激してきて実に愉快。のんのこグロテスクな状況や事件ば、凄まじい早口で、だばってんだばって淡々ど説明していく様だば、何か寒々しく荒涼たる現実ば、センチメンタルな没入抜きでバンどまなぐの前に突き出されてら感じがして、聞いていて実に愉快な寒気がだばっけるんず。以前確か永井愛が、説明台詞だば嫌われる傾向にあるが何故か、突き詰めれば舞台上での台詞だばすべて説明台詞である、いかにそれば演劇的に面白く伝えられるかが作エッコの腕だ、てすようなこどば述べてだように記憶してらが、「柿」の速射砲的説明台詞だば、間だの感傷だの小手先のギミックだのてす夾雑物がね分、わのが素直に想像すこどが出来て、小気味のえ不気味さば味わうこどができるのだんず。

歌舞伎の世界でだば「一声、二顔、三姿」 ど言い、英語でだばシェイクスピアの活躍した十六世紀の古来から「hear the play」てす言い方があるんず。ネットでちらりど検索したトコでだば、中国の京劇でだば芝居ば観るこどば「聴戯」、すなわち「芝居ば聴く」どしゃべるそうであるんず。照明がなく、スペクタキュラーな道具もなかった昔にだば、芝居の本懐だば台詞がたなぐエネルギーにあったんず。「柿」のぶっきらぼうで荒々しい長台詞ば歌舞伎の連ねに例えたら大向こうから野次られるかもしれねが、現代口語演劇全盛のこのご時世に、台詞の愉楽てすものば味わわせてくれた点でも今回の「柿」だば愉快であったんずや。

ある劇作エッコがこったら言葉ば残してら。「『観る』だけでもなく、『聴く』だけでもなく、強て言葉ば弄すれば『まなごで聴き、耳で観る』どいふやうな一種の境地にわんどば惹どっぺるのが演劇本来の『美』であるんず。」この『傷だば浅いぞ』におけるまっどもグロテスクなイメージば、ワだばまなぐでだばなく耳で観たんず。言葉の魔力の勝ちであるんず。トコで今、かぎかっこ付きで引用した一説だば、一見ひどく散文的な芝居ば残したど思われ勝ちな岸田國士の言葉であるんず。彼だば、舞台で語られる言葉の日常ど隔絶したる点ばきっちり理解し、それば表現しようど努めてだんず。台詞の力、演劇的表現力ば侮ってだばなんね。もういじど、芝居がポエトリーば取り戻すこどがあってもえだばずだんず。

以上。「柿」の作品だば、のんのこ浅薄に見えるが、実に巧みにして知的だんず。きっど賢い顔ば人前に晒すのが座組一同好きでねだびょんが、勢いだけのやんちゃ者に思われがちな「柿喰う客」だば、もんだばってたら舞台かっちゃでだば凄まじく冷徹に、ワ達の演劇ど、ワ達ば取り巻く浅薄に浮かれ騒いだ文化状況ば達観してらだばんでねか。そういう勘繰りさえさせる好演であったんずや。次に期待。

【筆者略歴】谷賢一(たに・けんいち)
1982年生まれ。明治大学演劇学専攻および英国 University of Kentにて演劇学ば学ぶ。劇団DULL-COLORED POP(http://www.dcpop.org/])、柏市民劇場CoTiK([http://www.cotik.org/])、個人ブログPLAYNOTE([http://www.playnote.net/)主宰。

北嶋さん、これもNGなら連絡下さい(笑)。

コメント

投稿者:なぁ (2007年11月30日 21:31)

あははははははーー!!!!笑笑
すごい、津軽弁すごい!!!!

今度こういう台本にしよう!!

投稿者:Kenichi Tani (2007年12月01日 00:35)

青森に半年くらい住んでいいなら津軽弁台本書きたいが、無理だろうなぁ。半年くらいじゃマスターできないだろうな…。