PLAYNOTE 「クリントンは何人目のアメリカ大統領ですか?」

2007年11月23日

「クリントンは何人目のアメリカ大統領ですか?」

[トピックス] 2007/11/23 01:30

はてなブックマークのホットエントリーか何かで知った話題。「日本語にあって、外国語に訳せない言葉」というスレッドより。

61 :名無しさん@1周年 :2001/01/26(金) 18:02
「クリントンは何人目のアメリカ大統領ですか?」
これを英語に訳せ。多分無理。

…確かにどう訳すんだ!? こういう言い方、英語で言わないなぁ。

ちなみに当該スレッドの流れでは、

62 :名無しさん@1周年 :2001/01/26(金) 18:11
Is Clinton the President United States of the person how many?
厨房レベルです・・・

65 :実習生さん :2001/01/30(火) 17:01
>62
英語では「何番目、何人目」という言い方はできないのでは?
そう言う発想自体しないと、言語学の教授が申しておりました。

と続いていたが、>>62さんは明らかに間違っているので放置して良いと思う。しかし>>65さんの「そういう発想自体しない」というのには驚いた。本当かよ?

が、最強英和/和英辞書・英辞郎で調べてみたら、あっさり、そのまんまの例文が載っていたよ。「クリントンは何人目のアメリカ大統領ですか?」

「クリントンはアメリカの何番目の大統領ですか?」

  1. Where was Clinton in the chronological order of Presidents?
  2. How many presidents preceded before Clinton?
  3. What number President of the United States was Clinton?

1番はうまいこと言い換えている、英作文の基本みたいなもの。直訳すると、「歴代大統領を順番に並べると、クリントンはどこに来ますか?」

2番も言い換え。短くすっきりしてる割に、何かまわりくどいね。ガチガチに直訳すると、「クリントンの前に、何人の大統領が先行しましたか?」、つまり、「クリントンの前に何人の大統領がいましたか」という意味だな。ってことは、実際には42代大統領のクリントンの場合、初代から第41代までの大統領がいたことになるから、2番の問いに対する生真面目な答えは「41人」になってしまう。まぁ別にそれでも全然困らないが。

3番、こういう書き方できるんだねぇ。あるじゃん、ちゃんと、何番目って書き方。ちゃんちゃん。

一瞬、英語では「何番目?」なんてシンプルな質問すらできないのか、と言うか、英語圏の人々は「何番目?」とか気にすることなく生きてるのか、と言うか表現すらできないのか、と思って空恐ろしくなったりしたが、まぁそんなことはないよな。

[雑談] 翻訳不可能な概念は存在する?

全く翻訳不可能な概念ってのは聞いたことがない。上記スレで議論されている「なつかしい」とか「がんばれ」とか、「わびさび」とか「根回し」とか「もののあわれ」なんかも一言では言えないだろうが、二三行かかれば説明できる気がする(「もののあわれ」は無理かも)。全く翻訳不可能な概念ってのは存在するんだろうか。いや、ある意味では、そういう不可能に近い概念の翻訳をやろうとしているのが文学だったり演劇だったり、諸芸術だったりするのかも。翻訳不可能とか以前に、日本人同士でもどれだけ説明しても伝わらない感情とか発想ってのはあるものだしな。

以前ソシュールの記号論をちょいとかじったときに、その辺の翻訳不可能なものの例として「色」が出されていた気がする。アフリカのどこぞの部族では、色が三種類しか区別されて発語されないという。えええ! と驚くなかれ。どうやら平安以前の日本人も、色をせいぜい四種類にしか区別していなかったそうですよ。白、黒、赤、青。この四色。この四色にはどれも「色」がつかない。「赤色」「青色」、言わないことはないけれど、不思議な感じがするでしょう。他にも昔の日本で四色しか使わなかった、そう推測する理由はあったらしいが、忘れた。

生活していく上で、それ以上区別する必要がない場合、言葉は生まれない。逆に、言葉が生まれた瞬間に、固有名詞として他から区切られた存在が生まれる。ソシュールの記号論では、記号としての言語の意味を考えていくうちに、そのうち人間の認知・認識・世界観の形成についてまで話が広がる。まず始めに言葉があったと書いたのはどこぞの古い本だけど、それが20世紀の記号論を暗喩しちゃうんだから面白い。

が、「色」が翻訳不可能なのは、最近科学界や哲学会を騒がせている「クオリア」という概念との関係も考慮しなくちゃならんだろう。例えば日本にしか生息しないニホンシマシマゾウとかいう動物がいたとしても、それはきっちり伝達可能だし、インドでしか咲かないインドウパニシャッドローズとかいう花があったとしても、それも言葉で伝達可能だろう。「色」や「匂い」の形容は原理的に不可能っぽい。

翻訳不可能という問題から、伝達が可能かどうかというところに話がそれた。「翻訳不可能」というのは単に、対応する訳語がない、というケースを指す場合と、その概念自体の伝達が不可能である、というケースを指す場合に分けられるってことかしら。となると、前者は別にどうでもいいが、後者に関してはとても哲学的あるいは認知科学的なアプローチができて、興味深いテーマなのだろうな。そんな概念って何だろう? 気になる。

コメント

投稿者:marisa (2007年11月28日 23:28)

何かで聞いたけど、love→愛ってな日本語訳も
翻訳当時の概念からは乱暴な訳だったってホントかね。
神の元に平等なキリスト教圏の人間のloveと
愛でる(上→下)慕う(下→上)の思想の「愛」は意味が違うんだって。
本当なら、すっかり順応してるあたりあっぱれ。ビバ日本人。


もののあわれも、とりあえず適当に訳しとけば、その内わかってもらえないかなぁ…。

投稿者:Kenichi Tani (2007年11月29日 23:42)

へぇー。でも本当じゃないかしら。でも今じゃ「慕う」には下から上へ見上げる印象がまだ残っているのに、「愛する」には上から下って印象はないね。「愛でる」って言うとまた違うけど。

もののあわれは、まぁ、現代語として消滅してるから訳す必要はないんだろうね(笑)。