PLAYNOTE フィオナ・アップル『エクストラオーディナリー・マシーン』勝手訳

2007年11月03日

フィオナ・アップル『エクストラオーディナリー・マシーン』勝手訳

[音楽・ビートルズ] 2007/11/03 04:14
Everything's gotta be fine.

90年代後半以降の洋楽アーティストとしては自分が最も強烈に尊敬している人物であるフィオナ・アップルの現状時点での最新アルバム『エクストラオーディナリー・マシーン』に収録されているタイトル曲『エクストラオーディナリー・マシーン』は並外れて桁違いにエクストラオーディナリーな出来で、こっそりと自分の芝居(『ベツレヘム精神病院』)で使用したりしていたのだが、とにかく歌詞の説得力がとんでもなくて、いつか訳したいと思っていたのだが、今日何かちょうどいいタイミングがやって来た感じが個人的にとてもするので勝手かつ唐突に邦訳してみた。

並外れて桁違いに最高な機械

ここ最近は新しい靴を買いに行ったりすることも確実にしていないし、それに、自分のキャパシティ以上に手を広げ過ぎたりするなんてことも確実にしていない。今もまだ旅行を続けている私、とぼとぼと歩きながら、それはとても遅い歩み、でも私は居心地が悪いままでいることに関しては得意なので、だからいつだって変化し続けることをやめるなんてできない。

私は気がつく、私の競争相手は歩みを止めることはないこと、それにぐずぐずしたりなんてしないこと、だからいつもそわそわしていること、そして私は気がつく。あの人は誰とでも同じ車に乗って進むことができる、その車がスピードさえ出していれば誰とでも、でも彼は居心地が悪いままでいることに関しては苦手なので、だからいつだって同じままの状態で居続けることをやめるなんてできない。

もっといい方法があるのなら、そのうちその通りになります。
仕方がないの。道は私の後ろにできるだけ。
優しくして、でなければ酷い人でいて。
全部利用してやる、並外れて桁違いに最高な機械、それが私だから。

私はあなたが毎日毎日新しい破滅を求めているように思える。あなたは私が頭を整理して落ち着いて眠ることが必要だと思っている。私は私なりのやり方で証明するし行動するつもり、だってほら、私はずっと長いことうまくやってきたんだから、あなたがこの遊びに加わるずっと前から。

私はいつも家では手のかかる赤ん坊扱い、よくある話か、そう、みんな優しくしてくれる、ただし羊の皮をかぶったまま、監視の目を光らせたまま。
面白いよね、私を必死になだめながら、私をはっきり見下しているあなた。
ご親切にありがとう、手を差し伸べてくれて、でも私のことならどうぞご安心下さい。

もっといい方法があるのなら、そのうちその通りになります。
仕方がないの。道は私の後ろにできるだけ。
優しくして、でなければ酷い人でいて。
全部利用してやる、並外れて桁違いに最高な機械、それが私だから。

そんなに困らせた? そんなにほっとけない?
どうもありがとう。
でも何の役にも立たない。保釈金なんて要らない。
約束します、全部きっとみんなうまくいく。

もっといい方法があるのなら、そのうちその通りになります。
仕方がないの。道は私の後ろにできるだけ。
優しくして、でなければ酷い人でいて。
全部利用してやる、並外れて桁違いに最高な機械、それが私だから。

もっといい方法があるのなら、そのうちその通りになります。
仕方がないの。道は私の後ろにできるだけ。
優しくして、でなければ酷い人でいて。
全部利用してやる、並外れて桁違いに最高な機械、それが私だから。

英語の原文は「Fiona Apple "Extraordinary Machine" Lyrics」とでも入力してググって下さい。

解説

読めば一発なのだが、あえて訳について。

一見した人は「うわぁ、下手糞な訳だなぁ。冗漫だよ、もっと意訳しろよ」と思うかもだけど、この詞はこう訳さなくちゃダメでしょう。冗漫で回りくどくて良い。歌われる言葉は水が溢れるように無軌道であり、その言い回しや論理展開は独自ながらも、妙に明晰。一般的に見れば破綻しているようでありつつ、妙に明晰で驚く、というのは、統合失調症患者の語る言葉に似ていて、単にフィオナがちょっと強迫性障害だったり摂食障害だったり自傷癖があったりするだけでイコールにしてはならんとは思うが、凡人にはこれは書けない。とんでもない詞だ。

しかし歌詞も曲と歌い方を聴かずにはその凄まじさも半減してしまう。こういう深刻そうに見える内容を、実にさらっと、童謡か子守唄でも歌うかのように歌っていて、そこのところがとんでもない。イントロでのミュート奏法をまじえたギターのアルペジオは、ゆっくり静かに忍び寄る舌触りのいい妄想を思わせるし、何だかわからんが「カーン」となる音が間抜けどころか底知れず恐ろしく聴こえるところや、途中から加わってくる穏かで白昼夢的なストリングスの不気味さも実にとんでもない。並外れて桁違いである。

とんでもないPV

YouTubeにとんでもないPVがアップされていたのでそれも紹介。

歌詞で展開された統合失調症的世界観を、角度は違えど同様に正確かつ説得力のある映像で表現したこのPVだが、並外れて桁違いに驚くべきところは、どうやらこのPVがオフィシャルのものではなく、何つーか、「非公式に誰かが作ったもの」らしい、ということである。この画質とセンス、とても素人の仕事とは思えないのだが、YouTubeのコメント欄でも誰も出所がわからない状態。こういう証言もある。

this isn't the real video. it was a project for these folks at film school. when i was working for freefiona, the person who did it shared it with us.

(これは本物のPVではないよ。映画学校での企画。前に自分が「フリーフィオナ」というサイトで仕事してたとき、これ作った人が見せてくれた)

この証言の信憑性自体が曖昧なのだが、誰も出所がわからない以上、公式PVではないだろうから、どこぞのファンが勝手に作ったとしか考えられない。凄まじいクオリティ。俺、こいつの映像もっと見たいよ。

最後に

フィオナ、早く新譜出してくれないかしら。あと、生きろ。