PLAYNOTE サイモン・シン『フェルマーの最終定理』

2007年08月09日

サイモン・シン『フェルマーの最終定理』

読書, 14:10

先だって、David Auburn の "Proof" という戯曲を翻訳しました。来週月曜から王子小劇場で行われる「おやつの時間堂」という企画公演で使って頂く運びです。

David Auburn の "Proof" は、ある天才数学者とその娘を描いたお話。死去したその老研究者の書斎から発見された「ある証明」を劇作上の小道具として使っており、数学にまつわる興味深いエピソードが様々な形でプロットに咀嚼されており、実に巧妙。

で、演出を担当される黒澤世莉氏が、「数学の話を演出する以上、数学について少しは勉強しなければ」と考えてこの本を購入されました。『フェルマーの最終定理』。借りたので読んだよ。全編を通して数学についてしか書いていないはずなのに、ページを繰る手が止まらないほどスリリングで疾走感があってドラマチックな名著。

『フェルマーの最終定理』とは、17世紀の数学者・フェルマーが残した数学史上最大の難題。ページの余白にある証明の結論だけ書き、その証明の過程を「余白がないから」といって書き残さなかった。おかげで以後360年間もの間、数学者たちはその証明に頭を悩まされることになる。

しかし、そのフェルマーの残した「証明」式が、素人にもわかるくらいシンプルなのだ。誰でもピタゴラスの定理は知っていると思う。

x2 + y2 = z2

三角形の斜辺の長さを求める公式ですね。じゃあ、この式がこうなったら?

x3 + y3 = z3

二乗が三乗に変わっただけ。この式の解は、ゼロ以外存在しないとフェルマーは言う。でも、それを証明する方法は、「余白がないから書かなかった」。バカにしてるのか、フェルマー。

さらに、

x4 + y4 = z4
x5 + y5 = z5

四乗でも五乗でも解は存在しないらしい。こんなシンプルな式の証明が、三世紀半もの間誰にもできなかった。

1990年代に入って、この歴史的難題を、イギリスのとある数学者・アンドリュー・ワイルズが証明したのだ。彼が証明に至る過程をこの本では取り上げているのだけれど、話はなんと古代ギリシャ、ピタゴラスの時代から始まる(!)。徐々に時代を下っていくが、十名近いの数学者の仕事を紹介した後、いよいよワイルズのエピソードが幕を上げる。つまり、フェルマーの最終定理を語るということは、数学史すべてを語るということと表裏一体なのだ。

数学って聞くとそれだけでげんなり、って人は多いと思うけど、この本は本当に面白い。文学部出の俺が言うんだから間違いない。数学者たちの人生が、短く鋭くドラマ化されている。特にソフィー・ジェルマンとエヴァリスト・ガロアのエピソードが面白かった。前者は、18世紀フランスにおいて、女性であるというハンディキャップと偏見を、ただ自分の天才と実力のみでなぎ倒し、世界にその名を轟かせた女の話。後者は、天才過ぎて理解されずいつの間にか政治闘争に走り、最後は女絡みのトラブルで決闘に巻き込まれ、ピストルに打ち抜かれて死んだ男の物語。

最終的にフェルマーの最終定理に引導を渡したワイルズのエピソードもかなり心を揺さぶられる。この数学史上最大に性質が悪く、最高に魅力的なクイズに答えるためだけに、彼は七年間も隠遁生活を送り、大学で授業する以外は、学会にもシンポジウムにも足を運ばず、ひたすら孤独に研究に没頭したという。それを支える奥さん・ナーダの存在が泣ける。ワイルズ教授、写真だけ見るとホントにひどいブ男で(失礼・笑)、これはぶっちゃけ鉄道研究部か数学研究部、あるいはコミックマーケットの会場にしかいないだろうな、って感じの容貌だし、七年も周囲と交流を絶って生活してた、なんてエピソードを聞くと、「絶対童貞だな」とか思ってたんだが、奥さんと子どもが二人、彼を支えていた。しかも妻は、「誕生日に何が欲しい」と聞かれ、「あなたの証明が完成すること」と答えたという。おいおい、日本の働く男たち、こんなこと言われたら何十時間でも残業しちゃうだろうよ。

印象に残ったワイルズの言葉。

大事なのは、どれだけ考え抜けるかです。……新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に向かわなければならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中を解く、すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて、新しい洞察が得られるのです。

おそらくこれって芸術とか文学のジャンルでも言える、創造力の働かせ方だと思う。詳述は面倒なので省略。フェルマー式に。

数学に興味や理解がなくても読めるし、ドキュメンタリー的なスリルと興奮、緊密さがあって娯楽的に読める一冊。しかも、普段数学なんて全然触れないじゃないですか。たまにはこういうの読むのは教養としていいんじゃねーの。あと、David Auburn『Proof』の服読本としても最高。David Auburnの戯曲の中に、実に多くのエピソードが形を変えて取り入れられている。

面白かった。

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コメント

投稿者:なお (2007年08月09日 19:01)

ソフィー・ジェルマン。
ソフィー・ジェルマン!!
読みます。

投稿者:Kenichi Tani (2007年08月09日 22:26)

じゃ世莉さんから借りるといいよー
ソフィー・ジェルマンについてはネットにもかなりの記述があるからそれだけでもかなり勉強になるけどね

投稿者:園原サイゼリヤ (2007年08月27日 02:34)

本日読了しました。数学で人が死んだり、人生を棒にする人がいたりと、ドラマの連続に驚いてばかりでした。高校時代に捨てた数学に触れると頭がよくなった気がするのは気のせいでしょうか?(笑)

投稿者:園原サイゼリヤ (2007年08月27日 02:37)

「棒に振る」でした。やっぱり出来の悪いままでした(苦笑)

投稿者:Kenichi Tani (2007年08月28日 01:33)

おお!読んだか、何かありがとう。面白かったでしょ?

頭がよくなった気がする感覚はわかるなぁ。読んだくらいじゃ概要しかわかってないんだけど、でも世界が開けたような感覚はあるね。

でも、やっぱり気のせいだったね、サイゼリヤ。見事なオチだよ。

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