PLAYNOTE ゆーきさんWSを終えての報告と感想

2007年07月09日

ゆーきさんWSを終えての報告と感想

[演劇メモ] 2007/07/09 23:28

十回構成のワークショップ。参加しての感想とか。俺専用メモ。

概要

「社会生活を営む上で抑えてしまっている感情に気がつく」「そしてそれを表現できるようにする」
「リラクゼーションの仕方」

この二点がメイン。

おおざっぱな感想

マイズナーをベースにしつつもオリジナル。それはマイズナー引退後のネイバーフッドでの道程を繁栄してるのかもしれないし、ゆーきさんが独自に日本人向けにアレンジを加えているのかもしれないし。ゆーきさんの師匠だったキャリーさんとの話を聞いている限り、前者だろうという感じはするけれど。

リピティション一つをとっても、マイズナー本人がやっていたであろうもの『サンフォード・マイズナー・オン・アクティング』『二十世紀俳優トレーニング』辺りが手に入りやすく参考になる)とは少し異なる印象。マイズナーは「何かが起きるまで何もするな」を至上としていたけれど、ゆーきさんは「感情に気がついたら、それを出す」というところに重点を置いていたように思う。結果、マイズナーは「カット」をかけることが多い(「そうじゃない! それは真実じゃない!」とかいきなり叫んで止める)のに対し、ゆーきさんは「それは何? それを表現して! きちんと相手に言って!」と背中をぐいと押す感じ。最終的にリピティションが、割と怒り叫び走り回り…という方向に向かって行ったのは、そういうスタンスの違いからという気がした。

そういう違いはあるにせよ、リピティションという方法の凄まじさは目の当たりにし、また体験もした。「ただ繰り返す」という非人間的・機械的行動は、相手に対する注目を強いられると同時に、思考することを許さない。感情が動いたときにだけそれを口にすることができる。畢竟、自分の感情と向き合わざるを得なくなる。これは、もちろん実際に行うにあたっては指導者のかなり微妙な力加減と適切な指示がなければ実現し得ないのだろうが、演技初心者にこそ体験して欲しいものだなぁと思った。

リラクゼーションについては、「身体の部位に意識を集中する」「呼吸に意識を集中する」→「頭はリラックスしていく」というのが基本ラインだったけれど、これはアレクサンダー・テクニックとの共通性を強く意識した。これは効果を感じる分、もっと突っ込んで勉強したいなぁと思うのだが、さて日本でアレクサンダー・テクニックって大変だよねという壁にぶち当たる。検索するといくつかWSや学校が見つかるが、お金がないのでちょっと当分無理。しかし、これが今回のWSに入っていたということは、翻って考えればネイバーフッドではアレクサンダー・テクニックとメソッド演技が同時並行的に教えられているということ。いや、まぁ、欧米の演劇学校では当然なんだろうけど、うらやましいなと思ってさ。

リラクゼーションを終えると、そのまま「昔自分が遊んだ部屋に行ってみる」「あなたを怒らせる人・悲しませる人・愛している人・笑わせる人…と会う」「ペットと遊んでみる」「おもちゃで遊んでみる」などの空想エチュードをやったりした。やってるうちに、叫ぶ、怒る、泣く、笑うはどんどん出て来るようになる。

これは、人聞きは悪いが催眠術とよく似ている。いや、自己催眠の一種と言っても間違いではないだろう。真っ暗な部屋、リラックスした体、呼吸を深く取り、先生の声だけが聞こえてくる。いきなり話が飛ぶようだが、演技、憑依、イタコ、解離性障害(特にトランス状態)、催眠、この辺は薄皮一枚隔てているだけでほぼ同じものだと言える。そういう状態を引き出すために、意図的にか偶然にかはわからないが、演技のためのリラクゼーションと催眠的な状況演出が似てくるというのは興味深い。興味深い反面、怖いなぁとも思う。催眠術はオカルトではなく心理学であり(まぁオカルトでもあるけど)、普段眠っている心の活動を刺激するもの。トラウマや強い抑圧を抱えた人にこれをやる場合、よっぽどの注意が必要だろう。「俺はトラウマなんかないぜ」って人ほどあったりするから余計にややこしい。

今回のワークショップでは「テタニー」と呼ばれる症状(ネイバーフッド内の通称であった可能性もあり、医学的な用法とはややずれるかも知れない)が頻発していた。俺もなったが、口周りから首筋、腕から手先にかけてがビリビリと痺れ、ぎゅっと筋肉が締まって自由が利かなくなる。これが心理学的な作用によるものなのか、あるいは(日本語でテタニーと検索すると過換気症に端を発する症例もあると報告しているページもあることから)深い深呼吸の連続がもたらす肉体的ものなのかはわからないが、ゆーきさんの説明通り抑圧された感情と関係があるならば、やっぱこれも注意が要ると思う。抑圧された感情は、無理矢理にこじ開けようとすると何かが起きる可能性があるからだ。

まぁそれは置いといて、これらを通して誘発される強い感情、それを表に出す、という体験は、ゆーきさんの言うように「感情のパイプの掃除」という意味では非常に効果的であると思う。つか、やっといた方がいいよ、って言うか。よく高校生のワークショップとかでやってるような「感情解放です。はい笑って!アヒャヒャヒャヒャヒャ!(゚∀゚)」みたいなのって意味ないよなぁと常々思っていた。それは、それが嘘だから。だが、今回のWSでの方法のようにして誘発された(それは「引っ張り出された」というより「誘発された」という方が相応しい)感情を出すこと、それは、効果のある稽古方法であるように思う。

メモ

  • マイズナーの特色は、一貫して行動的であったということだと思う。彼の方法論は、発想の源としては心理学や精神分析(特にフロイト)が影響しているとは言え、教室でやることはとにかく行動、行動、行動であった。心理学に関する講釈の一滴もないと言っていい。いや、コップ一杯くらいはあったかも。ごめん。今回のWSでは結構心理学的な分析めいたものが繰り返し語られていたのは違いとして興味深い。
  • 「メソッド演技のための方法は共存し得る」ということを最近読んだんだが、ああ確かにそうかも、と思った。今回のWSでは、結構ストラスバーグ的なアプローチもあったと思うし、最後に自分が「難しい作業」んとこでやったのは、スタニスラフスキー初期の「感情の記憶」であったわけだけれど、いずれも「使いようによっちゃうまく馴染む」みたいな手応えはあった。面白かったのは、ゆーきさんが「感情の記憶」的なことをやった俺に対して、「それはPrivateなものから舞台上の状況への移行をスムーズにやれば使えると思うよ、私はあんまり好きじゃないんだけど」と言っていた辺り。マイズナーも言うだろうなぁ。マイズナー本人は、「あまりに個人的過ぎる感情は使いものにならないことが多い」とかも言ってるが、それって裏を返せば使えることもあるってこと。
  • いろいろな人がこれやってるのを観れたのは大変勉強になった。本当に感情を引き出せているように見える人、本当に引き出した結果動きまくる感情に揺さぶられ続けて不条理的にも見えるがいやそれリアルだよと思う人、どうしても日常の仮面を剥ぎ取りきれない人、感情を暴露することにエクスタシーを感じやり過ぎちゃってるように見える人。この辺は数を見ることには絶対的な価値がある。俺は結局最後まで冷静に自分を見ることを捨てきれなかった人に分類されると思う。
  • さらに、これは個人的なことだが、自分の性格の悪さと悪意に気づけたのもよかった。いや、これが一番よかったかもしれない。ワークショップ内のルールで、絶対に相手のことを肉体的に傷つけない、というのがあったのだが、そうなると俺は動けない。本当に怒りを感じると、口じゃなくて手が出そうになる。しかも素手というより鈍器とか持って。さらに、割と誰とやっても怒りが出て来る。抑圧された怒りや敵愾心というものが、人を選ばずぶわっと眠っている気がする。そう考えると、自分が好きな小説や戯曲、自分が書いているものや思っていることの辻褄がとれる。
  • 何だかヘビー一辺倒だったみたいなメモばかりだが、基本的には楽しくてわくわくするものだった。まるで一つの公演をやりきったような感じがする。いろんな人と仲良くなれたし、毎回いろんな発見があったよ。

マイズナーとメソッド演技派についてもっと勉強したい。あとアレクサンダー・テクニックについて。欲を言えばヨガ、あと武道をもっかいやり直したい気もする。今部屋にエアコンをつけてないのですごく暑い。風呂入って寝る。